変態2
『シスターとか居そうだよね』
一人の女子生徒が言う。
この中等部の女子学園は古く、敷地には寄宿舎が存在する。
生徒の中には寮生もいて、どの生徒も多少の上品さが見て取れる。ちょっとしたお嬢様校のようだ。
「西島さん大丈夫かしら。心配ね」
放課後の職員室で、担任の教師は愛花に向かってそう言った。
「はい……」
生徒会の活動の後、プリント整理の手伝いを頼まれた愛花は、手際よく終わらせて席を立つ。
「荒樫先生。終わりました」
「はい、ご苦労様。ありがとう黒原さん」
そばかすが特徴的な三年生担任の荒樫先生は、彼女に笑顔を向けて感謝の言葉をかける。
いえ、と呟いて愛花は職員室をあとにした。
◇
空は茜色に染まっていた。
通い慣れた道を外れ、最寄りの駅からも離れる。
滅多に寄り道をして帰る事がなかった彼女だが、そのマンションには迷うことなく行き着いた。
林マンション。七階。
エレベーターから降り、七○三号室の玄関の前でチャイムを鳴らす。
しばらくして、勢いよく戸が開いた。
「あら、久しぶりね。家に来るの初めてじゃない?」
「お久しぶりです……あの、優子さん居ますか?」
愛花を出迎えたのは優子の母親だった。
彼女は愛花の事を以前から知っているようで、親しんだ口調で話しかける。
見舞いに来たことを告げると、母親は快く家の中へ迎え入れた。
「わざわざありがとうね黒原さん。あの子喜ぶわ、待ってて、今お茶持ってくから」
「……お構いなく」
優子の部屋へ案内しながら母親は一度二度、声をあげて優子を呼んだが返事はない。
部屋の前で母親は再び「お茶いいの?」と尋ねたが、愛花はキッパリと断った。
――味気ない。
愛花は思った。
まず部屋の中に入ると、明かりが付いていない事に気づき、カーテンも閉められていた。
そして女の子の部屋にしては少々殺風景である。
かろうじて桃色の可愛いらしいクッションがあるくらいで、机の上にも教科書やノートが置かれているだけ。
愛花は母親が居間に向かう足音を確認すると、ゆっくりと扉を閉めた。
「…………」
不気味な沈黙――。
親には風邪と言ってあるのだろう。
掛け布団で自分を包むようにしてベッドの上に座り込み、優子はその姿を見せようとしない。
警戒しているのか声も聞こえない。
ようやく口を開いたのは愛花だった。
「私……嬉しかったの」
「?」
その声に“怯え”、優子の頭が少しだけ動く。
それによって掛け布団からは彼女の薄茶色のショートボブが確認できるようになった。
「だってね、“私の優子にまた会えたのだから”」
突然吹いた春の風が、部屋の窓を強く叩いた。