疑心3
そんなことはどうでもいいのだ……。
二人の心が少しずつ闇に蝕まれていようとも、愛し合うことができるのなら、そんなことはどうでもいい事なのだ。
◇
近道なのか、愛花は黙々と薄暗い路地裏を通り、その足取りも軽い。
周囲に高いビルはなく、二人が通う学園には寮生もいるので、生徒と出くわす可能性は若干ではあるが低くなる。
歩くこと数十分。すれ違ったのは杖をついた高齢者が数名、スーツを着た小太りの男性と犬を連れてジョギングをする女性だけ。
期待と不安を胸に抱きつつ、見慣れない風景に戸惑いながらも、優子は今ある二人の時間が続いていることに幸せを感じていた。
しばらくして路地裏を抜けると、ちょっとした住宅密集地がある広い道に出た。
『ここって……?』
先ほどの路地裏には見覚えがなかったが、優子はこの道を知っていた。何度か訪れたことがある。
こっちよ、と腕を引っ張る愛花。
たどり着いたのは灰色の屋根、広い庭がある二階建ての一軒家。
記憶通り。愛花が住んでいる家だった。
玄関の鍵を開け、ドアを引いて家の中に入ると、小学生の時に何度か遊びに来た時と変わらない間取りに、優子の記憶が鮮明になる。
「お、おじゃまします」
「親。遅くまで帰ってこないから」
靴を脱いで、廊下から二階に続く階段を上がると、
「……愛花ちゃん?」
“愛花の部屋”の前を通り過ぎた彼女を優子は呼び止める。
「そこは私の部屋よ、もともとは姉の部屋だったんだけど。こっちよ、こっちが“私だけの部屋”なの……」
もう一つ、鍵をかけてあった部屋のドアを開けて、首を傾げる優子を中へ招いた。
「――ぁ!」
その部屋に入った瞬間、優子は驚愕して胸を高鳴らす。
一つの小窓、小さな机と椅子を除いて、その全てに目がいった。
そこには優子がいたのである。
……部屋中の壁にはびっしりと優子の写真が無数に貼られ、中には大きく引き伸ばしたものもある。
小学生の時に出会った頃の優子から隠し撮りをし続け、様々な優子の姿がそこにはあった。
床や机の上には彼女を似せて作られた人形もあり、それ以外にもどうやって手に入れたのか、二人の名前を書いた婚姻届もある。
「……すごい。愛花ちゃんが、私だけを見てる」
立ち尽くす彼女の後ろからそっと抱き締めた愛花は、自分のスマホに保存されている画像を見せる。
そこにも優子しかいなかった。
「私達の愛に理由がいる?」
「……ううん」
「私のことが怖くなった? 気味が悪いと思った?」
「思わないよ。ありがとう愛花ちゃん、嬉しい」
優子の不安は消えて無くなり、愛花の求める口付けに素早く応えた。
舌を入れて絡ませ合うと、二人は同時に膝から崩れ落ちそうになる。
その時、優子は壁に貼られている写真の中に、薄くなっていて内容が分からないものを数枚見つけた。
「……?」
「あ、あれは、その、ごめんなさい。何度も舐めているうちに……でも大丈夫よ。ちゃんとコピーしたのがあるから」
後ろめたさから恥じらう愛花に優子の口元が緩んだ。
「ねぇ優子。私お願いがあるの」
「……なに?」
彼女の体を振り向かせ、優しく微笑む愛花。
「今ね、絵を描いてるの。優子の絵。だから……写生させてくれる?」
「うん。もちろんいいよ。じゃあ私からもお願い」
そう言うと優子は頬を赤く染めて、少し目を逸らしたまま、自分の首に両手を当てた。
「私の首を絞めてほしいの」
「……優子、…………」
「あれ……すごく、良かったから」
照れながら見つめてくる彼女に、一匹の怪物は、ただただ目を奪われたのである。