二人3
その怪物は大きな衝撃とともにやってきた。
揺れる間仕切りカーテン。
二人だけしかいない保健室には、狂気の香りが満ちていた。
獲物を狩り始めた愛花は、快楽に溺れるなかでも冷静に、そして確実に彼女の首を絞めていく。
愛花の腕を掴んだものの、優子の抵抗力は皆無に近い。
「――うぅ! ――あ……くっ!」
なすすべ無く、もがき苦しむ優子。その姿を見た愛花は感極まり、両腕に体重を乗せてさらに強く首を絞めた。
呼吸が出来ず、必死に酸素を求める。
目を細め、涙を流し、口の端から涎を垂らしだす優子の意識は徐々に薄れていく。
彼女の悶える力が弱まるなかで、とうとう愛花の心の叫びが外に漏れ出す。
「優子! 愛してるの。……誰にも、絶対、どこにも!」
「ぁ……いか、ちゃ……ん……」
かろうじて喘いだ声を聞き、優子が白目を剥く寸前、優子の姿と“あの時”殺したウサギの姿とが重なって、ようやく愛花の手が止まる。
首から離れた彼女の手。
「っはぁ、はぁはぁ……」
優子の首には薄い痣が少しばかり残っていた。
「あぁ……ああぁ。ごめんなさい優子。ごめんなさい」
乱れる呼吸。
両手で自分を抱くようにして、彼女は謝り続ける。自己嫌悪が止まらない。
その一方で優子は上体を起こし、何度か咳を繰り返した後に、荒かった呼吸を整え始めた。
互いに苦しむ姿を見せながら、愛花の“もろさ”を見た優子は心を痛める。
そして、気づいた時には自然と愛花を抱きしめていた。
彼女もその身を優子に委ねて黙ってしまう。
「……愛花ちゃん」
しばらくして。その胸に顔を埋めながら、少し興奮気味に愛花は口を開いた。
「私のためだけに泣き叫ぶ優子の顔が見たい。声が聞きたい。あなたを壊したい、めちゃくちゃにしたいの。我慢できない」
「……そうだったんだ。うん。大丈夫、大丈夫だから」
二人は見つめ合う。呼吸を合わせる。
「ゆっくりしよう。愛花ちゃん。一緒に築こう、ゆっくり築こ。二人で、少しずつ壊れよ、私達なら正しく壊れられるよ。大丈夫だよ……ね?」
「うん……うん」
もう教室にいる生徒達の事はどうでもよくなっていた。
優子の励ましに、愛花は落ち着きを取り戻す。
「あのね愛花ちゃん。私、愛花ちゃんに押し倒された時、嬉しくて驚いちゃったの。ごめんね」
涙を拭いた愛花の瞳には“あの時”と変わらない、輝くような天使の笑顔が映っていた。