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朝、小鳥のさえずる声で目が覚めた。せっかくの旅行だというのに、昨日は半日近く部屋にこもってしまった気がする。
温かい布団の中で身体をのばし、彼女の方を向いた。しかしそこに彼女の姿はない。
俺はガバッと起き上がって浴衣に着替えた。どこだ、どこにいるんだ。
すると彼女が部屋に入って来た。どうやら朝風呂に入りに行ってたらしい。どう考えたって逃げる事も連れ去られる事もありえないのに、かなり脱力した。
「何、どうしたんですか?」
彼女が笑いながら尋ねて来る。きちんと乾かしてある髪からシャンプーの香りがした。
「いや、朝起きたら横にいなくてびっくりしただけ。
方向オンチのくせにいろんなとこに行こうとするよね」
「建物内で迷子になりません」
「この前迷ってたくせに」
そう言って彼女の髪をくしゃくしゃっとした。彼女は慌てて手ぐしで髪をなおす。
「何するんですか!」
「だって可愛かったんだもん」
ほんの冗談で言ったつもりだったが、彼女はぴたっと手を止めて顔を赤らめた。昼も夜も素直な反応が可愛らしくて仕方がない。
「よし、じゃあ朝飯食って出かけようか」
ゆったりとした雰囲気で朝飯を食ったあと、洋服に着替えて外出の準備をした。だが彼女が服を持って障子の向こうに行ったっきり出て来ない。
「何、いまさら隠す必要なんてあるわけ?」
障子の向こう側からは、むあー、とホントに小動物の鳴き声かのような声が聞こえてきた。
「もうちょい!待ってください」
ほどなくして彼女がひょっこり顔を出した。膝丈のふんわりとした青いワンピースが女性らしさを演出し、爽やかな印象を与える。
「お待たせしました」
彼女がえへ、と笑った。慈しむような目で彼女を見つめる。
「じゃあ出掛けようか」
「えーっと、ホントに良いんですか?」
そう言って彼女がシートベルトを着ける。今彼女がいるのは俺の車の運転席だ。
「運転させろって言っといてそれはなしでしょ」
「や、だって…」
俺は少しだけ彼女の方を向いてシートベルトを着けた。
「まあ…今回は補助ブレーキないから死ぬ目に遭うかもしれないけどね」
「ひどい…」
そう言いつつエンジンをかけた。懐かしい、まだ彼女が生徒だった頃を思い出す。
「はい、じゃあ準備が出来たら発車してください」
彼女が俺と一緒に笑った。一呼吸おいてフロントガラスを見つめている。
「はい」
ナビを起動させてないのはドライブを楽しむためだ。ホラ、旅にトラブルはつきものって言うじゃないか。