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俺は結構長風呂をする派だが、風呂から上がってきても彼女の姿がまだない。
待つ事数分、彼女がコーヒー牛乳のビンを持ってぱたぱたと出て来た。まだ乾いてないのだろう、結った髪から滴が落ちて来て何だか色っぽい。
「はい、これ。いりますか?」
彼女がビンを差し出す。彼女の手から受け取った冷たいそれは、火照りすぎた身体を良い具合に覚ましてくれる。
「ん…ありがと」
はい、と言って彼女にビンを渡した。もちろんというか何というか、そこには一滴たりとも残っていない。
彼女がビンを奪い取って猛抗議してきた。
「ちょっ、と!全部飲んで良いなんて一言も言ってないし!」
「『いりますか?』って言ったじゃん」
「全部飲んで良いなんて言ってません」
「全部ダメとも言ってないよね」
いつものようにむぅ、と唸った彼女だが、浴衣を着ていていつも以上に大人びて見えるため、そのギャップにまたぐっとくる。
そんなことを思っている俺が29歳なんて…人生まだまだ捨てたもんじゃないと思う。
2人で浴衣のまま下町を歩く。風情たっぷりで、ずっとここにいれればな、とふと思う。
すると俺達の横を二歳くらいの子供がよちよち歩いていた。その行く先を見ると、若い夫婦が手を広げて待っていた。
その姿を見ながら、俺の未来図がこうであって欲しいと想像する。嫁として横にいるのは言うまでもない、彼女だ。
「わー、可愛い…」
彼女が目を輝かせながら子供を見つめていた。俺はつい生唾を飲み込んでしまう。
「…欲しい?」
彼女が俺の手を握ったまま、え?、と言って振り返った。
「やだなぁ、連れて帰ったりしませんよ」
…何となく想定内ではあったが、彼女は本当に素でこんなことを言っているのか疑問に思う。
「お母さんが学生結婚で、大学四年の時にお姉ちゃんを産んだから、何かそういうの羨ましいなって」
あながち理解出来てなくもないみたいだ。これはOKサインを出しているのだろうか。
「何、誘ってんの?」
彼女はきょとんとして俺を見つめた。少し考え事をしたのか、返事に数秒かかった。
「誰を?」
「俺を」
俺以外に誰がいるんだ、と聞きたくなったが、次の質問で何を考えていたのかわかった。
「どこに?」
…なるほどね。ただのオファーだと思ったみたいだ。あれだけ教えてあげたというのに、彼女は全くと言って良いほど理解してない。
ふっと笑って彼女を見つめる。
「あとで教えてあげる」
何もわかってない彼女は笑顔のまま、わかりました、と答えた。