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風情のある街をぶらぶら散歩すると、必ずお店の人に言われるのが『若い奥様ですね』という言葉だ。
彼女は気に留めるつもりもないのか、その度に違いますよ、と笑い飛ばした。
旅館に戻って来て、畳の上に寝転ぶ。何だろう、何かもやもやして動く気にならない。
「大丈夫ですか?」
彼女がひょっこりと覗き込んで来た。この前オトコというものがどんなものかを教えたばかりだというのに、無防備にも程がある。
警戒されて近付けないよりは良いか、と思い、彼女の腕をぐいっと引っ張った。
もちろんというか何というか、彼女はそれによってバランスを崩し、俺の胸の上になだれ込む形になった。小さな肩を抱き寄せて目を閉じる。
「えーっと、どうしたんですか?」
明らかに彼女は状況について来れていなかった。ため息が出てきてしまう。
「あのさぁ、こうやって二人で旅行に来てるわけじゃん。何とも思わないわけ?」
彼女は俺の上でもそもそと動きながら答えた。
「え?楽しいですよ」
ダメだ、彼女にとって俺が初めてだから何もわかってないんだ。
「そうじゃなくて」
そう言って彼女の唇を強引に奪った。彼女の身体が強ばっているのがわかる。
惜しむかのように彼女の唇から離れた。身体を起こして二人並んで座る形をとる。
「こっちの意味です。『奥さん』とか言われても意識しないわけ?」
彼女は顔を真っ赤にしてうつむいき、何も喋ろうとはしない。俺だけがドキドキしてるみたいで、何だかあほらしくなってくる。
「ねえ、」
「だからっ、」
強い口調で切り出してきたのでびっくりして顔を上げた。彼女は目を潤ませながら、上目で俺を見つめている。
「意識しないように笑ってごまかしてただけです…」
ヤバイ、可愛すぎる。ちょっといじめすぎたかな、と思った俺は、今度はそっと額に唇を寄せた。
「ゴメンゴメン、本当に俺好かれてるのかなって不安になったからさ」
この世には若くてかっこよくて何でも出来る人なんてたくさんいる。10歳も離れてたら目移りされたっておかしくない話だ。
そんな俺の考えが伝わったのか、彼女が俺の胸に飛び込んで来て、背中に手を回した。
「新一さん以外の人なんて好きになるわけないじゃないですか、バカ」
この後どうなったかなんて言うまでもない話だ。