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腕時計をちらっと見る。時間は9時半を過ぎていた。
今日は待ちに待った月曜日だ。良い宿も見つけたし、温泉も堪能できるし、久しぶりにプライベートで車に乗れるし、もう最高だ。
ただ気になるのが彼女だ。
今日は9時集合なのに、彼女がまだ来ていない。いつもなら20分前には二人ともいるというのに。
すると大きなカバンを抱えた女性がバタバタと走って来た。他の誰でもない、彼女だ。
「ちょっと、30分遅刻ですけど」
「す、すみません…寝坊しちゃって…」
彼女が息を切らしながら答えた。
俺は彼女が事故にでも遭ったんじゃないかとすごく心配したのだ。なのに寝坊なんて…お仕置き決定だ。
「よし、香西さんの運転は中止」
「は!?何でですか!」
「遅刻したからに決まってるでしょーが」
いつものようにむぅ、と唸った彼女は何も言わずに助手席に座った。
車を走らせること一時間、ようやく半分くらい経過した。先はまだまだ長い。
「今どこかわかる?」
「いや、全然…」
笑ってしまった。確かに近所がわからない彼女が県外を知るはずがない。
「何がおかしいんですか」
「え、存在が」
「良いです、もう口きかない」
彼女はこうやってすぐいじける。可愛いといえば可愛いが、一言で言えば面白い以外の何物でもない。
「ごめんって、変な意味じゃないんだよ」
わざとらしく窓の外を見ている彼女の頬を掴んだ。運転中なので、どんな顔をしてるのか見ることは出来ないが。
「むああ!」
彼女が全力で振り切った。軽くつかんでいたが、今の勢いでは痛いはずだ。
「何するんですか!仮にも彼女ですよ!」
「だってー」
賑やかな道中だ。これが三日続くのかと思うと楽しみでしょうがない。
目的地に着いた頃、彼女が突然にょーん、と言い出した。あまりの可愛さにあれやらこれやらしたくなるが、時間も時間なだけに我慢しなければ。
「何、どうしたの」
「いや、着いたなぁって」
確かに時間が結構かかってしまった。座りっぱなしで正直きつかっただろう。
「よし、じゃあ荷物を置いて街を見て回ろうよ」
「そうですね」
車から下りてそれぞれの荷物を持って旅館へと向かうと、入り口には中年くらいの女将が立っていた。
「内村様ですね、お待ちしておりました」
「ちょっと街を見て来ます。荷物お預かりして頂いて良いですか?」
「もちろんです、夫婦水入らずでごゆっくり楽しんで来てくださいませ」
思わず彼女と目を見合わせた。
夫婦って…俺達がか?確かに俺は年も年だから、次に付き合う人は結婚も視野に入れてないといけないとは思ってたし、でも彼女は10歳離れてて、でも彼女に勝る人は出て来そうもなくて、
「内村さん?」
彼女の言葉に我に返る。彼女の方に目をやると、少し不思議そうな顔をしていた。
「どうしたんですか?」
「いや、何もない…」
そうだ、今日渡そう。バレンタインのお返しに買ったプレゼントを。