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昨日から実家に帰って来た。慌ただしい毎日やストレスを感じるものから遠ざかり、穏やかな日を過ごすことが出来る。
あの日、彼は料理に苦戦していて危うく手を切るところだった。結局私が作ることになった…といってもカレーだったのでかなり手抜きだったけども。
彼が私のためにこんなにも懸命に何かをしてくれたのがくすぐったいほど嬉しかった。あの日の事を思い出すと、今でも笑みがこぼれる。
地元に帰って来たのもあって、ようやく運転免許を習得した。これから彼とのデートの時は私も運転することが出来ると思うと、次はいつになるかすごく楽しみだ。
真っ先に彼に連絡したかったが、今は昼間ということもあってあとで電話をかける事にした。どうせならメールよりも電話で彼の反応を知りたい。
試験場からちょうど帰ってきた頃に着信があった。美樹ちゃんからだ。
「もしもーし?」
『薫ー!会いたいよー!』
「実家から帰ったらデートでもしようか」
美樹ちゃんは結構悩みとかストレスとかを溜め込んでしまうタイプなので、私がたまに話を聞く形を取っている。詮索はしたくないから決して自分からは聞いたりしないけど。
そんな彼女が電話なんて、よっぽど何かがあったのだろうかと心配になる。
「何、何かあったの?」
『実はさ、薫の担当してる内村さんに今日当たって』
少し拍子抜けした。何だ、そんな事か。
悩み事ではなかったから一安心したものの、何か余計なことを言われてないかが不安になる。
「マジか…何か言われた?」
『いや、特には…交響ですって言ったら香西さん知ってるよね?って聞かれた』
同じ部活なら知ってて当然じゃないか、と心の中で突っ込む。
「何か変なこと言ってなかった?」
『うーん…あ、オカン言うてたよ』
携帯を耳に当てたままがっくりと膝をついた。なんて事を…
「ひ、どっ!ひどい!私まだ二十歳なってないし」
『えー、でも薫お母さんみたいだし』
みんな口をそろえて言う。何を…何を言うんだ。男性経験なんて皆無に等しいのに、何がオカンだ。お嫁さんになれる保障でさえもないのに。
「…次会ったら内村さんに文句言いまくってやる」
『あはは、頑張って!』
そういえば、とふと思う。美樹ちゃんに彼との関係を秘密にしてて良いんだろうか。
「…あの、さ」
『うん?』
止めておこう、彼との話は。何でも相談し合うと約束した仲だけど、こればかりはやっぱり話せない。
「何かあったらいつでも言ってね。力になれるかわかんないけど話聞くから」
『ありがとう。薫大好き!』
いつか、出来れば早く彼のことを話したい。