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あれから数日が経過した。彼女は今実家に帰っており、またしばらく会えない日が続いている。
結局あの日はてこずっている俺を見兼ねて、彼女が腕を振るってくれた。
つくづく頼りない男だなあと思う。彼女より10年も長く生きているのに、彼女の方が出来ることが多々ある。
そんな俺は、気を取り直して今日も元気に出勤している。
今日は大串美樹という彼女と同い年の生徒を担当することになった。
彼女との楽しかった教習が頭をよぎる。今のところ彼女に勝る人は出て来ていない。
「こんにちは、運転席どうぞ」
「はい」
少女はいそいそと運転準備を終え、車を発車させた。
いつものように生徒と話題を探す。
「…大串さんって三國大なんだ」
「はい」
彼女との初めての会話を思い出しながら会話を続ける。あの時はこんな関係にまで発展するなんて想像だにしなかった。
「部活とか何やってるの?」
「交響楽部です」
思わず教習原簿を握り締めたまま振り返った。実は彼女も交響楽部なのだ。なんでもヴィオラをやっているとか。
「香西さん知ってるよね?」
その問いに赤信号で停車させた少女がこちらを向いた。
「知ってますけど…もしかして内村さんですか?薫が言ってた」
「なになに、香西さん何って言ってたの?」
すごく気になる。何と評されているんだろうか。そして…この少女は俺達の関係を知っているのだろうか。
少女は青信号にかわってアクセルを踏んでから、前を向いたまま答えた。
「いじめられるって言ってました」
あながち間違いではない。彼女をいじめ…というかいじり続けたのは確かだし、今だっていじっている。でもそれはちゃんと愛がこもってるし、何より…
「だって香西さんいじりやすいんだもん」
少女は笑ったあと一呼吸置いて話し始めた。
「でも薫がそんなにいじられるの珍しいですよ」
「あ、そうなの?」
「周りからすごい頼れるから…私なんか頼りっぱなしで申し訳ないくらい」
自分の彼女がこんなにも誉められるなんて、何だか誇らしい。
だがとりあえず彼女をネタに会話を続けた。
「香西さんってさ、オカンみたいだよね」
「お母さんみたいに面倒見良いですよ。
色々お世話になってるから、そろそろ薫も報われて良いくらいです」
実は報われてるんだよ、なんて言いかけたが、ここで変な話をするのはマズイ。
「そうだね、自分のために時間割いて欲しいよね。
きっと幸せになれる子なんだから」
あたかも自分に言い聞かせるかのようにつぶやいた。