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温かい。心地良いぬくもりが体全体を包む。
起きてるのか寝てるのか自分でもわからないくらいぼんやりしている。意識はかすかにあるが、まだ目を開ることは出来ない。
今度はぬくもりを額に感じる。
「んん…」
それが何だか良くわからないけど、とりあえず今は起きる気になれない。寝返りを打って再び眠ろうとする。
するとふんわりと身体が包まれた。それは布団でも服でもなく、彼の腕だった。
「んー…」
「おはよう」
彼はきっと私が起きるのをずっと待っていたんだろう。そう思って重たい身体を懸命に彼の方へ向ける。
「おはようございます」
「起こしちゃったね。ゴメンゴメン」
そう言って彼は私の頭にこつんと額をつけ、包み込むように私を抱き締めた。彼のぬくもりとやすらぐ匂いが伝わってくる。
『愛してるよ』
その言葉をあんなに言われたのは今まで生きてきて初めてだった。
夢の中でも愛の言葉をささやいてくれた彼の顔を、いまだに直視することが出来ない。
結局私達が完全に起きたのは11時頃だった。朝昼兼用でご飯を食べようという事で出かけることになったが…正直しんどい。
それを顔に出してしまったのか、彼が運転席から心配そうに顔を覗き込んできた。
「大丈夫?」
「大丈夫ですよ」
彼に気を遣わせないように懸命に笑顔を作った。だがそれはむしろ逆効果で、彼は心なしか悲しそうな顔をした。
何だか彼に迷惑を掛けてばかりで、いたたまれなささえも感じる。
「やっぱ飯食いに行くのやめよう」
彼はそう言ってシートベルトを外した。私はシートベルトを着けたまま動かない。
「私なら大丈夫なので」
「ダメ、ゆっくりしてて。夜ドライブ行けなかったら困るし」
彼はそっと私の右手を取った。その真っすぐな瞳と視線を合わせる。
「でもお腹空いたんでしょう?」
「俺が飯作るよ」
彼が即座に答えた。私のことを想ってくれているのが痛いほどに伝わって来て、心がじんわりと温かくなってくるのがよくわかる。
「じゃあお言葉に甘えて…楽しみにしてます」
この時彼に見せた笑顔は、さっきの精一杯の笑顔とは全く別のものだったに違いない。
彼が苦労していたら、せめて手伝いだけでもしよう。