-84-
れんこん料理を作らせたいなら最初から食材を準備しておけって話だ。彼の部屋の冷蔵庫にあったのはカラーピーマン、もやし、使いかけの人参とごぼう、中途半端に残っている牛肉と豚肉という、何とも微妙なものだった。
冷蔵庫をぱたんと閉じて、頭の中で奴らと格闘する。
どうしよう、今までの努力が水の泡だ。
「…」
私は観念したかのように冷蔵庫から食材を取り出し、ありあわせを作ることにした。思い付きのレシピのため、味の保証はもちろんない。
そんな姿なんて見られたくないのに、彼は興味津々なのか、私のまわりをうろうろしている。
「何作ってんの?」
「えーっと、豚肉とピーマンの味噌炒めと野菜の牛肉巻き」
そう言いながらピーマンを一口サイズに切っていく。いつまで見てるんだろうか…乱雑だとか手際が悪いだとか思われてたら恥ずかしい。
料理開始から数十分、ようやく二品が完成した。ちょうどご飯も炊き上がって温かいまま食べることが出来そうだ。
お茶碗にご飯をよそう。彼は男の人だからきっとたくさん食べるだろうと多めについだ。
「おまたせしました」
そう言ってテーブルに料理を置いた。
「すご…」
彼は料理を食い付かんばかりの勢いで見ていた。彼の目に美味しそうに映っているだろうか。
「はい」
「いただきます」
私の手からお茶碗を受け取った彼は、すぐさまおかずに箸をのばした。彼の反応にドキドキする。
彼が箸を置いたので、やっぱり失敗したか、と思った。味見をしないくせがついてしまっただけに、自分でさえ味が分かっていないのだ。
しかし彼はそんな心配をよそに目を輝かせて話し掛けてきた。
「美味いじゃん」
「ホントに?良かったー」
今度は箸を止めることなく次々と料理を口にしていた。私も一緒になって箸でつつく。
「どこに謙遜する理由があったわけ?」
「んー…だって他の人に食べて貰った事ないから自信なくて」
彼の勢いは止まる事なく、ハイペースで平らげていく。その姿が嬉しくて嬉しくて、ついつい笑みがこぼれる。
「いや、料理上手いじゃん、お世辞でも何でもなくさ。
これだったらいつ結婚しても問題ないよね」
彼はそう言ってお茶を口に含んだ。
「とんでもない、レシピ数少ないですもん。もっといっぱい作れるようにならなきゃ」
こんな料理だけで結婚出来たらどれだけ楽だろうか。そんなことを考えながらテーブルを拭きあげた。
後片付けも私がすることになった。もともと皿洗いとかは好きだったし、一緒にコンロやシンクも掃除しようと思ったからだ。
時間こそかかってしまったものの、食器も全部洗い上げ、キッチン回りもピカピカになったので彼の部屋へと戻った。
「終わりまし…」
ドアのところに立っていた私は、気付けば彼と壁の間に挟まれた。両手首は壊れ物を扱うかのように優しく、何かを訴えかけるかのように強く掴まれている。
そして、彼の顔がゆっくりと近づいて来る。
彼は何をしようとしてるの?今から何が起こるの?
よくわからなくてまばたきしか出来ない。
「…どうしたの?」
「いや、それはこっちのセリフですよ」
私の言葉にタバコ一本分もなかっただろう距離にあった彼の顔が離れた。
彼の顔を見ると、少しだけ眉間にしわが寄っていた。
「質問、今まで付き合った事ありますか」
「一度だけ」
「キスしたことは?」
「まだです」
よくわからない。彼はそんなことを聞いてどうするつもりなんだろう。
そんな私の疑問に対する答えは次の瞬間、一瞬にして明るみになった。