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実際こんなに手際が良いなんて思ってもみなかった。
大学に入るまで一切料理をしたことがないと言っていた彼女だが、てきぱきと料理を作っている。
しかも結局買い物に行かなかったため、俺の家の冷蔵庫に入っている食材で作ってもらうことになった。
「何作ってんの?」
「えーっと、豚肉とピーマンの味噌炒めと野菜の牛肉巻き」
全然料理をしない俺がたまたま家に置いていた食材で、彼女が食べたことのない料理を黙々と作っている。先日何となくで適当に買ってきて正解だったなとつくづく思った。
キッチンから俺の部屋にまで美味しそうな匂いが広がって来る。
「おまたせしました」
彼女が温かい料理を運んで来た。
絶対使わないと思いつつ安さにひかれて買ったカラーピーマンが、豚肉ともやしと一緒に味噌と絡められて彩りを飾っていた。使い残していた人参と貰い物のごぼうは牛肉に巻かれ、香ばしいたれが上からかかっている。
久しぶりに実家に帰った時のような料理を目にして、思わず言葉を失ってしまった。
「すご…」
「はい」
そう言って彼女が茶碗を渡して来た。その中にあるご飯は今まで見た中で一番白い。
「いただきます」
まずは一口、味噌炒めを口に運ぶ。味噌の甘みが口一杯に広がり、美味しいの一言で片付けて良いのか正直悩む。
「美味いじゃん」
「ホントに?良かったー」
彼女は笑みを浮かべて箸を伸ばす。
「どこに謙遜する理由があったわけ?」
「んー…だって他の人に食べて貰った事ないから自信なくて」
牛肉巻きだって醤油ベースのたれとの絶妙な味加減がすごく良くて、久しぶりにまともな飯を食った感じだ。
「いや、料理上手いじゃん、お世辞でも何でもなくさ。
これだったらいつ結婚しても問題ないよね」
ちょっとばかり意味深発言をしてみるも、彼女に通用しなかった。
「とんでもない、レシピ数少ないですもん。もっといっぱい作れるようにならなきゃ」
残りものでこんなに立派な料理を作る彼女の事だ、きちんと準備が調ったらもっと色んな料理が出来るんだろう。
彼女の言葉に甘えて皿洗いまでしてもらうことになった。片付けさえも難無くこなす彼女は、結婚してもないくせに世界一の嫁さんに見える。
こんな事を言うのも何だが、時間も時間なだけに落ち着きがなくなって来てしまう。だがそこは大人だ、背後から襲うなんて強引な事はしたくない。
「終わりまし…」
そうは言っても俺も男だ。キッチンから引き上げて来た彼女の両手首を掴み、壁へと押しやった。
ゆっくりと顔を近づける。
が、何を思ったのか、彼女は目を閉じる気配すらなくきょとんとしている。
「…どうしたの?」
「いや、それはこっちのセリフですよ」
そんな彼女の言葉にびっくりして、思わず顔を離した。
「質問、今まで付き合った事ありますか」
「一度だけ」
「キスしたことは?」
「ないです」
目の前で今の状況について来れてない彼女は、まだ誰の色にも染まったことはない。つまり、彼女はオトコというものを知らないのだ。
ならば俺の色に染めてしまうだけだ。他の誰にも染められないくらいの深い深い色に。




