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次こそはちゃんとしたデートを…。
付き合い始めてから教習所以外で会うのはこの前の遭遇事件が初めてで、つまり今度のデートは初デートに等しい。
昨日の電話でその約束を取り付け、今日は特に用はないけど日課の電話をしている。
『そういや池田ちゃん覚えてる?若い女の指導員』
「あー…何回か担当してもらったことあります」
『この前のやつでさ、付き合ってるのばれちゃって。
それでさ…』
彼がその時の状況説明をした。彼なりに色々考えながら喋ったんだろうけど…
「すみませんね、どこにでもいそうな顔で」
いつも彼からの評価に苦笑いするしかない。彼は少し慌てた口調で話した。
『いや、変な意味じゃなくて…卒業生って言いづらかったんだって』
「うーん、まあわからなくもないですけどね」
確かにそうだ。『指名予約してくれてた生徒と付き合うことになりました』なんて言えないだろう。周囲の反応が私も怖い。
彼を苦しめてはいないか、それだけが心配だ。
黙り込んでしまった私を気遣ってくれたのか、彼が別の話題を持ちかけて来た。
『あ、そうだ。俺最近花粉症に悩まされてるんだけど…』
そういえば最後の方の教習でマスクを何回かつけていたのを思い出す。
「花粉症にはれんこんが効くんですよ」
『へー』
「鶏のひき肉と合わせてつくね作るとか、煮物でも美味しいし」
私も毎年ひのき花粉にやられるので、今年こそは花粉対策を実行してみようと考えている。
なので、今挙げた料理は作った試しがない。
『ねえ、今度家で作ってよ』
「やですよ、めんどくさい」
『面倒臭い』んじゃない、失敗するのが嫌なだけ。
それを知らないでか、彼はいつものように意地悪を言って来た。
『料理が出来ないからって意地張らないの』
「なっ!あのチーズケーキ誰が作ったと思ってるんですか」
そうは言ってみたものの、あれが本当に不味かったなら話にならない。
『嘘って。美味かったもん、あれ』
彼の言葉は精一杯のお世辞にしか聞こえない。
「ホントに?料理は作れるけど美味しくないんで…」
涙が出て来そうだ。彼に気を遣わせるのも嫌だし、まともに料理も出来ない私自身も嫌だ。
彼は優しい声で語りかけてくれた。
『俺チーズケーキ以外食ったことないからさ、上手いかどうかはわからないじゃん。
だから今度作ってよ、普通の飯をさ』
「もうちょっと上手くなってから」
全くもって自信がない。でも彼はそんな私の拒否を許してくれない。
『ダメ、今度』
「むぅ…」
『大丈夫だって、お菓子が作れるなら普通の飯とか楽勝でしょ?』
「…ハードル上げないでくれませんか?」
『上げてない上げてない』
「うー…」
逃げてたってどうしようもないことはよくわかった。ここまで来たら開き直るしかない。
「不味かったら言ってくださいよ?不味かったのに美味しかったよ、って言われるのが一番辛いんですから」
『わかったよ、楽しみにしてるから』
彼はそう言って笑った。
失敗したらどうしよう。そればかり考えてるのが伝わったのか、彼が突然笑い出した。
『何、もー…そんな気負いしなさんなって!』
「だって…」
『仮に今度不味かったとしてもさ、どんどん上手くなっていけば良いわけじゃん』
「まあそうですけど…」
そうは言っても一番最初って色々と重要だと思う。今日からしばらくれんこん料理だな…。