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内村さんは意地悪だ。指導:いじり=3:7って言っても過言じゃないと思う。
楽しいからまだ良いけど…。
彼が教習原簿を見て声を上げた。
「香西さんてまだ18!?若っ!羨ましいなぁ」
「そう…ですか?でも再来週くらい誕生日ですよ」
さりげなくアピールしてみた。もしかしたら棚からぼたもちみたいな事があるかもしれない。99.99%ないけど。
「それでもまだ10代だろ!?良いなぁ…」
「今いくつなんですか?」
「もうすぐ30。かつがつ20代って感じ」
あー…思った通りというか、見た目よりも年上だったんだっていうか。
とりあえず想定内の年齢ではあった。
ってことは…10歳くらい差があるのかな?
「大学生が社会的に一番楽な地位だもんな。金ないけど」
「そうですね…」
あんまりそんな気はしなかった。学生として、社会人として、両方求められてるからなかなかキツイ感じがする。
「でも私春休みしなきゃいけないことたくさんあるんですよ」
「え、何何?」
「…勉強…」
小さな声で言ってみた。ガリ勉と思われただろうか。
「真面目だなぁ。そんな大学生珍しいんじゃない?」
やっぱりだ。些細な抵抗はしてみる。
「いや、したくないんですけど、しないと抜けていくって…」
「それにしても…」
あーもう。フランス語を聞かれたらたまったもんじゃないから伏せてたけど、何しろ説明が面倒臭い。
「私専攻でフランス語やってるんです。だから単語とかちゃんとやってないとフランス語離れするって」
「え、じゃあさじゃあさ、『私は古野ドライビングスクールで運転免許を取得中です』って言って!」
ほらきた。焦る。
「え…と、<<J'ai…>>いや、<<J'en…>>んん?えーっと…」
彼が笑いながら話しかけて来た。
「あれ、専攻なんだよね?
じゃあ『私は今運転免許を取得中です』って言って?」
一年生とはいえ、喋れないのを見られるのは恥ずかしい。
全くわからなくないことをアピールする。
「えっとえっと…免許を持ってます、っていうのは<<J'ai permis.>>って言うんですけど…」
「じゃあ『私は今古野に住んでます』は?」
間髪入れずに聞いてくる。ドSだ…。
ただでさえテンパってるのに…ヤバイ、単語が出てこない。
「<<J'habite a Furuno maintenant.>>」
「へー…全然違うんだ…ジャビット?」
よし。
ちょっと賢ぶってみる。
「『住む』っていうのがhabiterっていう動詞なんですけど、『私』のjeに対してhabiteって活用するんです」
彼がかなり感心してくれている。
これは確か四月に習ったやつ。
恥ずかしながら真面目に勉強してて良かったと思ったのは初めてだった。