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失敗した、と思う。
彼と電話して数日後、火曜に約束が入っていたのを思い出した。
丁度彼に電話をしようとした時、彼から断りの電話が入った。
彼も先約が入っていたらしく、私達って似た者同士なんだなぁ、なんてぼんやりと考える。
それはそうと、彼の先約って何だろう。誰と会ってどこに行くんだろう。
自分の事は言ってない癖に、彼の事が気になってしょうがない。
相手は彼じゃないとはいえ、久しぶりに会う先生に適当な格好を見せるわけにはいかない。
一通り身仕度を済ませたあと、待ち合わせの場所へと向かった。
まだ先生が来てなかったので、携帯の電話帳を開く。
…彼のデータを出したところで私は何をしたいんだろう。
あれこれ考えていると、先生がやって来た。いかにもホストっぽい格好に周りの視線が集中し、正直辛い。
大学時代のバイトの関係で今もたまにホスト業をしているらしく、それが原因だろう。
「ごめんごめん、お待たせしました」
「いえいえ」
もちろんレストランでも刺さるような視線を浴び続けた。
「先生、良い歳してちゃんとした格好しないんですか…」
「してるじゃん」
「いや、やっぱ良いです」
まだ33歳の先生はオシャレとか色々楽しみたいのだろう。結婚願望がないらしく、お金は全部自分のために使えるらしい。
「ねぇ薫、先生って呼ぶのやめない?」
「と言われてもねぇ…先生は先生だし」
先生は体調不良のために数年前に退職し、治療が一通り終わった最近、再就職を果たした。ちなみに私を含めてクラスの生徒を下の名前で呼ぶのは、フレンドリーさを強調するためらしい…よくわからないけど。
食事が終わって色々と話をした。もちろんその中に彼の話が入っていたわけで、先生から年上とうまく付き合っていく方法を習った。
どうせなら飲みに連れてってあげるよ、という言葉に甘えてバーへと向かう途中、背の高い男の人と肩がぶつかってしまった。
「っ、すみません」
「いえ、すみ…」
聞いたことのある低い声。ゆっくりと顔を上げる。
彼だった。
隣には確か…池田さん、が立っている…というかしがみついている。
それは良いとして、先生の格好が格好なだけに、ホスト遊びしていると勘違いされかねない。
慌てて彼の方へと早歩きで向かう。それに合わせたかのように彼もこちらに向かって来た。
「違、これは誤解で…」
「や、これは違くて…」
同時に発した言葉があまりに似通っていたせいか、二人で目を見合わせてきょとんとしている。
「あ、あの、俺コイツの愚痴聞かされててさ、かれこれ4時間」
「あ、私は…中学の時の先生に食事に連れて行って貰ってて」
びっくりした。それぞれの用事があるのに会うなんて…世界は狭いもんだと思う。
すると先生が私の方にやって来て話しかけて来た。
「薫、この人どちら様?」
「あ、この人は内村新一さんって言って…」
その瞬間、先生の方を向いていた身体が、気付けば彼の方へ引き寄せられていた。今の状況に頭がついてこない。
「香西さんとお付き合いしてる者です。中学時代にお世話になったそうで」
彼は今までになく警戒心をあらわにしていた。嫉妬してくれてるのだろうと思うと、それ自体は嬉しかったが、相手が相手なだけに笑いが出て来る。
「担任に敵意むき出しにしなくても…」
「…担任?」
彼が怒っているような驚いているような顔をした。
「うん。中学…あれは二年だったかな?今は辞めて事務職についてるんですよ」
先生がこっちに近づいてくる足音が聞こえた。
「薫が話してた彼氏さんですね。
貰い手ないのかな、なんて心配してたんですよ」
「失礼な!」
先生がまあまあ、と言って彼の方に向き直した。
「でも良かったです、変な男に引っ掛かってなくて。
この子ホントに良い子なんで、大事にしてあげてください」
私には二人の間に友情が芽生えたように見えた。顔を赤くしたまま座り込んでいる池田さんが気になって気になって仕方なかったが。




