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今日は待ちに待った火曜日だ。彼女と会うのは最後の教習以来…
になるはずだった。
すっかり浮かれ気味の俺は、火曜に先約が入ってた事を思い出した。
池田ちゃんに飲みに行こうと誘われてたんだった。
俺は慌てて日曜の夜に彼女に謝罪の電話を入れた。激怒されると思ったが、あっさりと大丈夫だと言われた。
懐が広いのか、呆れられたのか。
とりあえず今、朝からかなりテンションが低い。
彼女は今何をしているのだろう。丁度こっちも用事が入ったと言っていたが、どこにいるのだろう。
付き合っているというのに何だか余裕がない。
重い身体を何とかベットから起こして身仕度をする。何で昼から飲まなきゃならんのだ。
時間ギリギリに車を近くの駐車場に停め、待ち合わせ場所へ向かった。すでに待っていた池田ちゃんは私服も女らしくなくて、遠目でもすぐわかる。
せっかく可愛い顔と良いスタイルをしているのに勿体ないな、と思いながら話しかけた。
「待った?」
「全然。さ、行きましょうか」
俺の言葉なんて聞かないかのように、腕を引っ張って勇み足で居酒屋へと向かった。性格まで実に男らしい。
あれからしばらく経過し、時計の針が5時を指した。俺達が店に入ったのは1時だったので、かれこれもう4時間も居酒屋にいることになる。
「でね、内村さん、聞いてます?」
「おぉ、聞いてるよ」
「で、また後輩がですよ」
無限ループだ。この話、今日何回目だろう…。
彼女が今日俺を誘ったのは、いわゆる愚痴を聞いてもらうため。
全然気付かなかったが、池田ちゃんに最近彼氏が出来たらしい。しかも相手はよく話に出て来てた大学時代の後輩だ。
男心なんて理解できないだの、女の気持ちがお前にわかるかよだの、わめき放題だ。
「もぉー、聞いてるんですか!」
「大丈夫大丈夫、ちゃんと聞いてるから。
それよりそろそろ出ようか、お店の人に迷惑かけてるし」
「かけてないですー。私まだ飲むもん」
「ほら、出るぞ」
無理矢理池田ちゃんの腕を引っ張って連れて出た。酔っ払いの代わりに払った代金は、独り身じゃなくなった今では痛い。
「はー…ったく、ほら、歩くぞ」
「…歩けない…」
「は?
…ほら、肩貸してやるから」
池田ちゃんは遠慮なく腕を掴んだ…むしろ引っ張った。全体重がかかってて正直痛い。
夕方に酔っ払いを連れて歩くなんてツイてないなぁ、なんて思っていると、人とぶつかってしまった。
「っ、すみません」
「いえ、すみ…」
相手の言葉が濁った。聞き覚えのある声に思わず顔を上げる。
彼女だった。
しかも何故か隣にはホスト風の男を連れて。
そんなことはさておき、俺と池田ちゃんはぱっと見恋人同士に見えるだろう。浮気ではないことをはっきり言わなくては。
彼女がこっちに歩み寄って来たので、池田ちゃんから離れて彼女のほうへ向かう。
「違、これは誤解で…」
「や、これは違くて…」
同時に発した言葉に二人ともきょとんとした。
「あ、あの、俺コイツの愚痴聞かされててさ、かれこれ4時間」
「あ、私は…中学の時の先生に食事に連れて行って貰ってて」
二人の間に沈黙が流れた。浮気でもないのにこの気まずさはなんだろう…。
すると中学時代の先生とは思えない男が彼女の方に歩み寄った。
「薫、この人どちら様?」
「あ、この人は内村新一さんって言って…」
気に入らない、奴と彼女の距離が。先生と生徒に見えない雰囲気に苛立ち、彼女の腕を引っ張って肩を抱き寄せた。
「香西さんとお付き合いしてる者です。中学時代にお世話になったそうで」
嫉妬心丸出しなのがわかったのか、初めは驚いていた彼女が突然笑い出した。
「担任に敵意むき出しにしなくても…」
「…担任?」
「うん。中学…あれは二年だったかな?今は辞めて事務職についてるんですよ」
それを見ていた男が俺に近づいて来た。
「薫が話してた彼氏さんですね。
貰い手ないのかな、なんて心配してたんですよ」
「失礼な!」
彼女がいつものように反論した。男はいつもの俺と同じように笑っている。
「でも良かったです、変な男に引っ掛かってなくて。
この子ホントに良い子なんで、大事にしてあげてください」
この男は俺が知らない彼女を知っている。でも俺が知っている彼女と男が知っている彼女の共通部分はただ一つ、彼女が良い子だということ。
知らない過去はこれから知っていけば良い。
池田ちゃんをおいてけぼりにして、後日かなり怒られたのは言うまでもない。