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悲しいくらい時間が早く進んでいく。私が彼と過ごせる時間は徐々になくなって来た。
「一つ聞いていい?」
「ん?」
「どうやったら道に迷うの?」
意地悪過ぎるだろう、と思う。卒業が見えて来るにつれて、彼のSっ気が増して来ている気がする。
「は?だから…」
「あ、好きで迷ってるんじゃなかったね」
「むぅ…」
彼は横で笑っている。最初の頃は軽く笑う程度が多かったが、最近ではめっきり大爆笑が多い。
「方向オンチの薫さま」
よく見るこの風景。それは現実だけでなく、夢にまで出てくる風景だ。
「もう、最近夢にまで出て来るんですよ」
「マジで?」
彼が再び笑っている。
「私は助手席に座ってるんですけど…地図とにらめっこしてて、『今どこ?』って聞かれてもわかんなくて地図くるくる回してて、『もー、香西さーん!』って言われるんです」
彼は前を見たまま聞いていた。
「で、目が覚めたら涙が止まらなくなっちゃって」
「いじめられすぎて?」
「いや…多分心のよりどころを求めてたんでしょうね。最近バイト漬けだったし」
どこまで話そうか迷いつつ、とりあえず一連の流れを説明する。
「自惚れてるかもですけど、私って結構周りに頼りにして貰ってて、相談されたり愚痴聞いたりするんですよ。
で、結局私は誰にも愚痴言えなくて…お姉ちゃんにも。ストレスを溜めてるつもりとか全然なかったんですけどね」
目の前にあの夢の光景が広がる。
『大丈夫だよ、俺がついてるから』。夢で彼はそう言って頭を撫でてくれた。
「でも…結構年上の人って私が求めている言葉をくれるんですよ。『頑張りすぎだから、周りの期待とか全部捨てて一つの事だけに集中してみたら?』とかね。それを聞いたらすごく救われた気分になる…だからきっと、私は一生年上の男の人と一緒じゃないとダメなんだろうなー、って。2、3コ上とかじゃなくて、近くても6上とか…でもそういう人との出会いってないんですよね」
言った後に後悔した。何でこんな事赤裸々に話したんだろう…。最悪彼に気があるのがモロバレだし、しかも男に飢えてると取られたらもうおしまいだ。
しかし彼の口から出て来た言葉は、想定外のものだった。
「いるじゃん」
「え?どこに?」
「ここに」
思考回路が停止した。ここには私と彼以外誰もいない。
つまり…何を言っているの?彼の顔を見たいけど、運転中なのでそれは出来ない。
「俺的には香西さんみたいに賢くて、でもぼけっとしてて、いつも笑顔で面白い人好みだけど」
ダメだ、本気にしてはダメなんだ。そう言って笑いながら軽く流す。こういうのは8割方お世辞なのだ。
「あんまり言ってると本気にしますよ?」
彼は明らかにこっちを向いて、普段とは違うトーンで答えた。
「良いよ」
何、言ってるの…?今この状況に頭が追い付かない。
「ほら、50キロまで出して」
「…はい」
少し慌ててアクセルを踏んだが、今のやり取りで頭がいっぱいで、不謹慎ながら速度維持とかそれどころじゃない。
彼がそれに追い撃ちをかけるかのように口を開けた。
「一応お互いの利害は一致してるよね」
「まぁ…そうですね」
『一応利害は一致』って…と思う。つまり仕方なくって事?
彼の言葉に一喜一憂してばっかりで、せっかくの検定コースが全く頭に入らない。
「香西さんの求める答えを出してあげられないかもしれないけど…」
これはこの前の夢の続き?もう訳がわからない。
そんな私をよそに彼は言葉を続けた。
「いつでもちゃんと受け止めるからさ…ねえ、付き合ってみない?」
この状況に私の頭だけが取り残されている。
付き合うって、どこに?いやいや、カレシカノジョの間柄になるということだ。