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光陰矢の如しとはまさに俺のためにあるようなものかもしれない。
今日の教習もあと半分を切り、今日が終わってしまえば残すところあと2回になってしまう。
「一つ聞いていい?」
彼女がん?と尋ねた。
「どうやったら道に迷うの?」
「は?だから…」
「あ、好きで迷ってるんじゃなかったね」
彼女が横でむぅ、と唸る。
「方向オンチの薫さま」
いつもの雰囲気で何ですか、と返してくれるかと思いきや、彼女からの返事はなかった。代わりに、別の話が始まった。
「もう、最近夢にまで出て来るんですよ」
「マジで?」
「私は助手席に座ってるんですけど…地図とにらめっこしてて、『今どこ?』って聞かれてもわかんなくて地図くるくる回してて、『もー、香西さーん!』って言われるんです」
黙って耳を傾ける。主語こそ省かれているが、彼女の夢での話し相手はおそらく俺だろう。
「で、目が覚めたら涙が止まらなくなっちゃって」
「いじめられすぎて?」
笑ってる俺とは対照的に、彼女が少し悲しそうな顔をした。こんな彼女の顔を見るのは初めてだ。
「いや…多分心のよりどころを求めてたんでしょうね。最近バイト漬けだったし。
自惚れてるかもですけど、私って結構周りに頼りにして貰ってて、相談されたり愚痴聞いたりするんですよ」
何となくわかる。そして彼女の性格上、そんな人達は放っておけない。
「で、結局私は誰にも愚痴言えなくて…お姉ちゃんにも。ストレスを溜めてるつもりとか全然なかったんですけどね」
そうは言うが彼女の事だ、抑えて抑えて溜めてないフリを続けていたに違いない。
「でも…結構年上の人って私が求めている言葉をくれるんですよ。『頑張りすぎだから、周りの期待とか全部捨てて一つの事だけに集中してみたら?』とかね。それを聞いたらすごく救われた気分になる…だからきっと、私は一生年上の男の人と一緒じゃないとダメなんだろうなー、って。2、3コ上とかじゃなくて、近くても6上とか」
少しドキッとした。彼女の求めている答えを果たして俺が与えることが出来るだろうか。
だが、条件として俺は一応ピッタリだ。そして俺は彼女自身を求めている。
「でもそういう人との出会いってないんですよね」
この彼女の言葉に答えるのに時間はかからなかった。
「いるじゃん」
「え?どこに?」
赤信号で停車させてちらっとこちらを見た。
「ここに」
多少の恥ずかしさはあったが、ここで食い下がっては男の名が廃る。
「俺的には香西さんみたいに賢くて、でもぼけっとしてて、いつも笑顔で面白い人好みだけど」
彼女が軽く笑った。
「あんまり言ってると本気にしますよ?」
今度は俺が笑わなかった。
「良いよ」
その瞬間、彼女が青信号に変わってアクセルを踏んでいた足を緩めたのがわかった。
「ほら、50キロまで出して」
「…はい」
暫く沈黙が続いたが、俺が話した以上俺が破らなくてはと思う。
「一応お互いの利害は一致してるよね」
「まぁ…そうですね」
彼女は前を向いたまま答えた。
まだ教習は残っている。だがこのチャンスを逃してどうするんだ。
「香西さんの求める答えを出してあげられないかもしれないけど…いつでもちゃんと受け止めるからさ」
彼女は何も答えない。少し顔に朱がさして来た気がする、彼女の頬がほんのり赤い。
「ねえ、付き合ってみない?」
彼女は頷いたような首を傾げたような曖昧な返事をした。