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今日が17回目の教習。
つまり、今日を含めてあと3回で二段階が終了する。あくまでも上手く行けば、の話だけど。
失敗して補講になって、彼といる時間が長くなったら良いな、なんて馬鹿げたことを考える。彼にとっては良い迷惑な話だろう。
配車に向かい、荷物を積んで空を見上げた。今朝は天気が悪かったけど、今では青空が広がっている。
まだかすかに残る鉛色の雲が少し残念な感じだった。
「こんにちは、運転席どうぞ」
彼が笑顔で私のそばにやって来た。普通に笑えば良いものを、何故だかにやけてしまって顔を上げることが出来ない。
「あ、はい」
教習原簿と仮免許証を渡し、小走りで運転席へ向かった。彼が車の後ろの仮免表示板をチェックしている間に運転の準備を済ませる。
「はい」
彼が少しあとから助手席に座り、キーを手渡してくれた。発車直前はいつもこんな感じだ。
ここ最近彼は白手袋をはめておらず、キーを受け取ったときに触れる指が温かくて何だか落ち着く。
「あ、ありがとうございます」
とりあえずエンジンをかけてみたが、どうしたんだろう…彼の落ち着きがない。そわそわしているというか…
彼が少しだけこっちを向いて話しかけて来た。
「…香西さんがスカートなんて珍しいね」
「そうですか?」
彼の教習の時何度か穿いている。そう珍しいことでもないけどな、と思った。
が、彼にとっては物珍しかったのか、再び同じ言葉を口にした。
「香西さんがスカートなんて珍しいよね」
似合ってないのかな、なんて考えながら車を発車させた。
「そうでもないですよ?」
「あ、そう?何か俺のイメージではいっつもズボンなんだけど」
「はー…そうですか?結構穿いてますけどね」
確かに最近は寒くてズボンが多かった。でもスカートとの比率は半々な感じだ。
すると間髪入れずに予想外の言葉を口にした。
「パンツ見えてるよ」
「嘘でしょ」
思わず苦笑した。冗談っぽい口調からそれが嘘なんてわかりきっている。
でも内心かなり焦った。もしホントだったら…路側帯横断のために一旦停止したとき、さりげなく膝元を見た。
…良かった、大丈夫だ。
それにしても彼にしては珍しい内容だな、と思った。いや、これが本性か?
男は狼だ、なんて聞いたことがあるけど、もしそうだとしたら距離が縮まって来ているということなんだろうか。
訳がわからなくなって来ているところで彼が話しかけて来た。
「お姉ちゃんからこき使われてる香西さん」
とりあえず笑ってみたが、お姉ちゃんがホントに古野ドライビングに通いそうなので、きちんと誤認識を改める。
「こき使われてるっていうか…『ごめんごめーん、やろうと思ってるんだけど』って感じですよ。マイペースなんです」
すると彼は軽くため息をついた。
「いや、俺はお姉ちゃんが一枚上手だと思うね」
「ん?」
「だからさ、香西さんが全部やってくれるって見越してるからやってないんだよ、マイペースにかこつけて」
「あぁー…そっかぁ、そうなのか…」
そんな気がせんでもない。してやられた…。
すると彼は何を思ったのか、教習原簿をじーっと見ていた。
「香西さんこの写真と別人に見えるね」
「あー…私すっごい写真写り悪いんですよね」
特にそれ、最悪。
部活の合宿の翌日が入校式で、疲れが取れてない身体を引きずって教習所へ行った。
普段特に化粧をしてる訳じゃないが、その頃は眉が薄く、それなのに書き忘れたため、写真を見たとき愕然とした。
これが免許証の写真になるなんて…!
彼はいつもと違って、笑う事なくそれを否定した。
「そんな事ないよ」
そう言ってもらえたことは嬉しかったが、その写真をまだまじまじと見られているのがこの上なく恥ずかしい。
「だから私写真嫌いなんですよ」
「そうなの?」
元がそんなに可愛い訳じゃないから、写真写りが悪いなんてもう最悪。
「写真撮らないの?」
「いや、部活とかバイトとかで撮られますけど…」
「へー…薫お嬢様」
「はあ…」
苦笑いしか出てこない。何でお嬢様?しかも突然。私、そんなのとは掛け離れてる庶民なのに…。
「方向オンチの薫さま」
彼が再び『名前』を呼んだ。いつになく胸が温かくなるのがわかった。




