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気が重い。
今日も彼女の担当だ。
今まで以上に親密になってるし、会話もずっと続いてるから教習自体は楽しい。
楽しいけど…ついに彼女と過ごす時間に終わりが見えて来てしまったのだ。
配車に行くと、彼女が空を見上げていた。最近はこのスタイルが多い。
「こんにちは、運転席どうぞ」
「あ、はい」
彼女が笑顔で教習原簿と仮免許証を渡して来た。いつもと雰囲気が違って見えるのは、髪を結び、イヤリングをしているからだろう。
小走りで俺の横を通過して運転席へ向かう。ふんわりとした甘い香りがした。
…妙にドキドキする。
少し遅れを取って助手席に座り、彼女にキーを渡す。
「はい」
「あ、ありがとうございます」
彼女はキーを受け取ると同時に髪をほどいた。再び甘い香りがする。
さらさらした漆黒のそれは美しい以外の何ものでもない。
…それともう一つ。彼女が珍しくスカートを穿いている。しかも結構短い。
「…香西さんがスカートなんて珍しいね」
「そうですか?」
少なくとも俺の記憶にある限りだと、いつもパンツスタイルだ。
「香西さんがスカートなんて珍しいよね」
「そうでもないですよ?」
「あ、そう?何か俺のイメージではいっつもズボンなんだけど」
「はー…そうですか?結構穿いてますけどね」
穿いてたとしても、こんな姿見たことがない。
丈は短く、模様の入っている灰色のタイツの下からは肌が覗いていた。
何と言うか…その、こう、そそられてしまう。
「パンツ見えてるよ」
俺のその言葉に彼女は苦笑した。
「嘘でしょ」
慌てふためく様子もなく、彼女はあっさり答えた。絶対の自信があるみたいだ。
俺は彼女と一緒に笑ったが、内心かなりホッとした。
下ネタともセクハラとも取れ、最悪嫌われるところだったからだ。
いつもよりなまめかしい彼女にペースを乱されないよう、いつものようにいじってみた。
「お姉ちゃんからこき使われてる香西さん」
彼女が軽く笑った。
「こき使われてるっていうか…『ごめんごめーん、やろうと思ってるんだけど』って感じですよ。マイペースなんです」
「いや、俺はお姉ちゃんが一枚上手だと思うね」
ん?と彼女が尋ねて来た。
「だからさ、香西さんが全部やってくれるって見越してるからやってないんだよ、マイペースにかこつけて」
「あぁー…そっかぁ、そうなのか…」
赤信号のため車を停車させ、やられた、という風な顔をしている彼女を眺め、教習原簿の写真に目をやった。何だか写真と別人に見える。
俺の横にいる香西さんは大人っぽいけどふんわりとした雰囲気を出している。が、写真の彼女はきりっとしていて、言い方が悪いが何だか刺がある感じがする。
「香西さんこの写真と別人に見えるね」
すると彼女はあー、と言った。どうやらこの写真を気に入ってないらしい。
「私すっごい写真写り悪いんですよね」
気分を害してしまっただろうか。慌てて否定する。
「そんな事ないよ」
「だから私写真嫌いなんですよ」
「そうなの?」
せっかく可愛いのに…と思う。
その何もかもを優しく包んでくれそうな笑顔で写ったら…見ているこっちまで心が温かくなるだろう。
可愛らしさ、上品さ、賢明さ、全てを兼ね備えた彼女はまさに、
「薫お嬢様」
はあ、と彼女が言った。苦笑いを浮かべている。
これだ。さらに距離を縮める方法。さりげなく名前を呼べる方法。
胸の中に愛しさが溢れる。
「方向オンチの薫さま」