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…決めた、今日はいつも以上にいじり倒してやる。
俺にはSっ気があるんだなあ、なんて思いながら彼女を見る。今日からは自主経路設計だから、俺は進路指示を出していない。
…まあ実際他の生徒には助け舟を出してあげてるけど。
俺が指示を出さないせいもあって、彼女が泣きそうな顔をして運転している。
でもここは一つ、心を鬼にしなくてはいけない。意地悪とかではない、検定に合格するためには自分で設計させないと。
でも彼女に話し掛ける時にはその気持ちは皆無だ。
「前に走ったことあるし、いい加減覚えたでしょ」
彼女は苦笑いを浮かべるだけで、何も喋らなかった。要は覚えてないということだ。
「もー、この前わざわざドライブして走ったじゃん、ここ」
「…そうでしたね」
「ホントどんだけなんだよ」
「だから、」
来た。お約束の台詞。
「好きで覚えられないんじゃないんだよね」
「好きで覚えられないんじゃないんです」
彼女がわかってるんじゃん、とでも言いたげにちらっとこっちを見る。
「『好きで〜じゃないんです』って香西さんの名言だよね」
『迷』言かもしれないけど、と思い、ついつい笑ってしまう。
「…バカにしてるでしょ…」
彼女が再び苦笑いしながら言った。
「いいえ、とんでもない」
ただ『可愛いと思ってます』とは言えない。
「ホント辛いんですよ、方向オンチって」
「またドライブ行く?」
「結構です」
おや、今日の彼女は何だかつれない。だが苦笑してる辺り、まだいじり続けることが出来そうだと確信した。
「方向オンチの香西さん、高速どうだった?怒られた?」
「いいえ…ってか基本私褒められるんですよ」
「何だ…残念」
「っ、何が…」
その瞬間、左折していた車がまさかの脱輪を起こした。S字カーブやクランク、駐車措置で脱輪する生徒はよく見るが、右左折での脱輪は教員生活初めてだ。
笑いを必死に堪えたが、無駄だった。
「おい仮免!」
「すっ、すみません!」
「もー、脱輪する生徒はよく見るけど、こんなとこで脱輪する人初めてよ?」
「私もです」
そりゃそうだろ、とツッコミたくなる。間違いない、誰も彼女には敵わない。
少し動揺している彼女を横目に笑いながら話しかけた。
「まぁまだ教習所に帰って来てたから良かったけどね。路上でするなよ」
「…はい」
今日の教習がおかしい形で終わった。