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あのデートから少し感覚が空いてしまったせいか、お互いどことなくよそよそしい。
「この前はありがとね」
「いえ、こちらこそありがとうございました」
それから会話する事なく車が検定コースを走る。
こんなんじゃダメだ、せっかく距離が縮まって来てるのに。頭ではわかっているが、なかなか口が開かない。
彼女も黙々と運転していて、話し掛けて来る雰囲気はなかった。
一生懸命話題を探しながらバインダーを開く。すると小さなメモ用紙が目に入って来た。その右端には赤い文字で『Avec amour...』と書いてある。
これは彼女が渡してくれたケーキの箱に入っていたもので、あの日からいつもバインダーに忍ばせているものだ。
ア…?とにかく、これを話題にする事で沈黙を破ることにした。
「ねぇ、バレンタインにくれたケーキの箱にメッセージカード入れてたでしょ?」
「あぁ、アベック アムールですか?」
「あ、読み方そのまんまなんだ…とにかくさ、あれって何て意味?」
彼女が何故か苦笑している。
「えー、自分で考えてくださいよ」
何か今日の彼女はいつになくいじわるだ。
「わかるわけないじゃん、大学でやってたの中国語だし。
ねえ、何?教えてよ」
彼女が小さくあー、と言ったあと、右折方向に顔を向けて言葉を放った。
「『愛してます』って意味です」
…は?
嘘だろ?こんな急な告白なんてアリなのか?
信じ難い状況に言葉が出ない。
「うそ、だろ…?」
すると赤信号のために車を停車させて、彼女がこっちを向いた。
「あ、よくわかりましたね」
がっくりきた。今までのときめきを返せ。
久しぶりに胸が苦しくなるような感覚になったっていうのに…彼女が意図しているものが全くわからない。
「フェイントかよ!
あーあ、暫く会わないうちにいじわるになったもんだねぇ」
彼女が横で爆笑している。いつもとは立場が逆な感じだ。
「まあまあ。でもあながち嘘でもないんですよ?」
正気か?と疑いたくなる。もちろん彼女が、ではなく俺が、だが。
「アムールっていうのは『愛』って意味です。で、アベックは『〜と一緒に』って意味なんですよ」
つまり…
「愛と一緒に?」
意味がわからない。
彼女は前を向いたまま笑った。
「まあ直訳取ったらそうですよね。
『愛を込めて』って意味です」
なるほど、そういう意味か。
しかしよくよく考えてみれば…告白に取れなくもない。その『愛』が示しているものが明白ではないから何とも言いようがないが。
これは何だ、俺への好意と取って良いのか?
普段は指導員として余裕を持って指導してるのに、今日ばかりは無理そうだ。