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もう周りは次第に暗くなり始めた。
彼女の自宅から大学、教習所に何度か車を走らせた後、ある場所へ向かった。
「もうこれだけ行き来したんだから覚えたでしょ」
彼女は首を横に傾けたままわざとらしく窓の外を見た。
コイツ俺の努力を無駄にしやがって…。笑いが込み上げてくる。
「まー頑張りなさい」
「…はい」
彼女が縮こまっていく。見た目はしっかりしてるのに、ぼけっとしてる…いやいや、ちょっとばかり天然っぽいところが可愛い。
そしてある場所についた。どんな反応をされるか正直不安だ。
そう、彼女側に建っている建物は俺の住んでるアパートだ。
不安を紛らわすかのようにハンドブレーキをぐっと引いた。
「ここ、どこと思う?」
彼女がえぇ?と言ってきょろきょろする。心拍数が上がって来た。ヤバイ、寿命縮まりそう…。
彼女がくるっと振り返ったとき、口から心臓が出てくるかと思った。
ええい、ままよ。
すると彼女は全くの予想外の言葉をぶつけて来た。
「えー…っと、吉…原?」
いや、地名を聞いたんではなく…。
あまりの可笑しさについつい笑ってしまう。普通こんな所で地名聞かないでしょ。しかも吉原じゃないし。
「俺の家」
彼女が耳まで真っ赤にした。
「そっちですか!てっきり地理を聞かれるんだと…」
「違います。建物を聞いたんです」
もう笑いが止まらない。
確信した。俺の人生の中で彼女に勝る人はいない、間違いなくだ。
「はー…やっぱ香西さんといると楽しいなぁ」
彼女はむぅ、と言って手で顔をぱたぱたと扇いでいる。その仕種までも可愛いと思う俺は底無し沼にはまっていく気分だった。もう彼女から抜け出せない。
「腹減ったし、晩飯食べに行こうよ。ご馳走する」
「いやいやいや!良いですよ!そんな私のわがままで検定コースとか走ってもらったのに…」
遠慮癖があるみたいだ。問答無用で車を発車させた。
「良いの。楽しかったし」
「でも…」
「あんまり言ってると地名もわからないここで降ろすよ?」
「ぐ…」
折れた。わかりやすいなぁと思う。彼女が俯いたまま喋らなくなった。
彼女のすべてが愛おしい。
笑顔も、ギャップも、方向オンチなところも、全部。