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検定コース6の終点に着いたとき、彼から家まで案内して、と言われたが、方向オンチの私がわかるはずもなく…。
彼が横で笑っている。
「じゃあ下山駅まで行くから、駅から家まで案内してね」
もちろん車内では方向オンチネタでいじられ続けた。
駅を出発して一分もかかっただろうか、という頃に家が見えた。
「あ、ここです」
「へー、何階?」
「2階です」
「へえ」
今から発車かと思いきや、彼がいきなり駐車場に車を停め始めた。
今の状況に頭がついて来てくれない。
「よし」
「は?いやいや、早く大学に連れてい…」
彼がすっと私の膝元を指差した。そこにあるのは見なくともわかる、昨日作り直したチーズケーキだ。
「小腹空いたし、それ食べようよ」
「えーっと…」
食べても良いんだけど…と思う。ただ感想を聞きたくない。本当はマズイのに「美味しいよ」と言われるのが一番辛い。
「いや、家にあげろとは言わないからさ、とりあえず食べて良い?」
自分の事でいっぱいいっぱいだったので食べる場所にまで頭が回らなかったが、それは置いといて、彼はとりあえずお腹が空いているらしい。
反応を見たくないから、とお預けにするのは可哀相だろうか。
「あー…良いです…よ」
無視だ、無視。彼がどんな反応をしようと関係ない。そう開き直って箱を開け、彼に差し出した。
「おー、美味そう!
…あれ?」
彼の人差し指が箱の上あたりで小さく旋回し始めた。その反応の原因には心当たりがある。
「あぁ、1個だと何か寂しかったんで、2個入れてみただけです。気にしないでください」
すると彼がぱっと顔を上げて私と目を合わせた。
「丁度2個あるし一緒に食べようよ」
何を言ってるんだろうか、この人は。遠回しに「こんなにいらない」と言っているのか…頭がぐるぐるする。
「や、良いです良いです」
「もー、遠慮しなさんなって!」
彼が箱からケーキを取り出して、私の目の前にずいっと差し出した。
「はい」
彼が真っすぐと私を見ている。私はアイコンタクトで『結構です』と送ったけど、それは全くと言っていいほど通用しなかった。きっと私が取るまでこの状況が続くのだろう。
埒が開かなくなったので、渋々彼の手から受け取った。
その手はいつかのように大きく、温かかった。
「よし。じゃあいただきます」
私はとりあえず彼の反応を見るまで静止していた。何を言われるかドキドキする。
「美味っ!香西さん上手いんだねぇ」
「そんなに褒めたって何もあげませんよ」
でも何だか嬉しかった。気持ちを込めて作った分、結果が現れたみたいだ。
素直に喜べない私はツンデレなのかもしれない。
ケーキを食べ終えた彼が窓の外を眺めながらぽつりと呟いた。
「…何か…こんな奥さん欲しいよね」
「…え?」
今、何て?『オクサン』って何?お嫁さんの事?
彼の意図が読めない。
「いや、料理出来て、掃除もしてくれて…めっちゃ家庭的な人」
「ああ…」
そんな事ね。私すぐにのぼせ上がるからダメなんだ、と自分に言い聞かせた。
「そんな人、たくさんいますよ。その上綺麗で、賢くて…」
悲しくなって来た。私は料理上手くないし、その上可愛くも賢くもない。
彼の口から出た理想はまさに彼にはお似合いの女性像で、私には程遠い。