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何度か検定コースを走ったあと、車を下山まで走らせた。
次は…彼女の家から教習所、三國大それぞれだ。駅から近いという家に向かう。
「あ、ここです」
彼女が右手にある建物を指した。
「へー、何階?」
「2階です」
へえ、と言ったあと彼女のアパートの駐車場に車を停めた。
「よし」
「は?いやいや、早く大学に連れてい…」
俺が彼女の膝元にある箱を指差して言葉を制止した。
「小腹空いたし、それ食べようよ」
えーっと、と言って彼女は少し困惑していた。
「いや、家にあげろとは言わないからさ、とりあえず食べて良い?」
「あー…良いです…よ」
どう思われたのかはよくわからないが、とりあえずためらいがちに箱を開けた。
中に入っていたのはいかにも手作りな感じのチーズケーキ。何だか無性に嬉しくなる。
「おー、美味そう!
…あれ?」
よく見てみると2個のチーズケーキが仲良く並んでいた。
「あぁ、1個だと何か寂しかったんで、2個入れてみただけです。気にしないでください」
丁度良い。一人で食べるのを見られるのは何か恥ずかしいし、何より気が引ける。
「丁度2個あるし一緒に食べようよ」
「や、良いです良いです」
「もー、遠慮しなさんなって!」
絶対に受け取らないと確信した俺は、箱からケーキを取り出して彼女の目の前に差し出した。
「はい」
彼女は無言で抵抗したが、折れてくれたらしい。俺の手からケーキを取った。
その手はいつかのように小さく、冷たかった。
「よし。じゃあいただきます」
そう言ってケーキを口に運んだ。小さい割に厚みのあるケーキの味が口いっぱいに広がる。
「美味っ!香西さん上手いんだねぇ」
「そんなに褒めたって何もあげませんよ」
彼女が苦笑いしている。
お菓子でこんなに美味しく出来るんだから、普段の料理も間違いなく美味しいはずだ。
アパートを下から見上げた。2階のベランダには洗濯物が干してあった。
彼女はここで毎日美味しい料理を作り、洗濯物を干して、掃除もして、などと色んな事を想像する。
そしてまた思う。彼女と一緒にいる人は必ず幸せになるだろう、と。
「…何か…こんな奥さん欲しいよね」
「…え?」
彼女が怪訝そうな顔で振り向いた。
いつものように冗談で受け取ってくれないかと焦る。ここまできてドン引きされるのは嫌だ。
「いや、料理出来て、掃除もしてくれて…めっちゃ家庭的な人」
ああ、と言って彼女は笑った。助かったと思う。
「そんな人、たくさんいますよ。その上綺麗で、賢くて…」
そんな人は求めてない。
俺が求めているのは香西さん、ただ一人だ。




