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そろそろ教習が始まる。荷物を持って移動しようとしていた時だった。
「あっ、薫ー!」
ふと顔を上げると、同じ部活の女の子だった。
「美樹ちゃん!」
「今日路上?」
「や、今日は駐車の練習だから所内かな」
「そっかー…あ!ヤバ!あと2分で始まるし!」
「え!?」
慌てて振り返って時計を見る。館内には「教習の方は急いで準備をしてください」とのアナウンスが流れていた。
「じゃあ行ってきます!」
走って配車に行くと、彼がすでに車の前で待っていた。
全速力で走る。
彼は私だと気付いたのか、笑顔でこちらに振り返った。
「おー、来たね!運転席どうぞ」
息が上がる。運動不足にも程かあると痛感した。
「今日は駐車措置の練習ね」
「…はい」
わかってます、わかってますとも。
私は脱輪の切り返し以外にバックをした事がない。要は駐車なんて出来ないということ。だからこそ練習するんだけど…。
彼がこっちを見ながら話しかけて来た。
「元気ないね?」
「むぅ…まともなバックした事ないから自信ないんです」
彼が笑っている。
「復習項目にしようか」
この人…。
ただ、この2時限後にある高速教習は多分指導員を選べない。高速が終わってしまえば教習も終盤に差し掛かってしまう。
少しでも一緒にいる時間を長めに取りたいなら、ここで復習にするしかないか、なんで馬鹿な事を考える。
「お願いします」
「方向オンチの香西さん」
来ましたおなじみの話題。いつもこうやって話が始まる。
「もうウチまでの道覚えた?」
「…まだです」
「三國大までは?」
家から三國大まで直で言ったことがない。
つまり覚えるはずがない。
「マジどんだけなんだよ…簡単だってば」
彼が爆笑している。
「むぅ…そんなに言うなら今度ドライブに連れて行ってくださいよ」
「良いよ。どこに行きたい?」
…え?
私が冗談で言ったのを知って、冗談で返したのか?
脳内が少しパニック状態になる。
「検定コースと、家から教習所までと、家から三國大…」
笑われた。仕方ないじゃないか、他に思い付かなかったんだから…。
彼が咳ばらいをして答えた。
「了解」
返事は意外なものだった。