-30-
「もー、香西ちゃん!」
『香西ちゃん』
間違いなく私と彼の距離が日に日に近くなって来ている。
…気がする。自惚れて違ったら悲しいから断定はしないけど。
「はい」
「寒いよ香西さん!」
「寒いですね」
エンジンをかけたばかりでかなり寒い。でも彼も私も笑顔だから心は温かい。
教習所を出て安全確認をする。見通しが悪く、しかも道幅が狭いから細心の注意を払わなきゃいけない。
すると彼が教習原簿を手に取って話し掛けて来た。
「まー、もうここまでの道くらい覚えたでしょ」
…正直に言おう、覚えてない。
スクールバスでは寝てるか携帯をいじってるかのどっちかが多い。最近はきちんと外を眺めて道を覚えようと努力はしているけどなかなか…。
彼が笑っている。
「マジどんだけなんだよ!ありえないでしょ!」
「だから、」
「好きで迷ってるんじゃないんだよね」
「好きで迷ってるんじゃないんですよ」
ハモった。知ってるんじゃん、私の答え。
わざと意地悪を言ってくる彼に強く主張した。
「方向オンチってマジで辛いんですよ!」
「おーおー、むくれちゃった」
彼が笑いながら喋る。
むくれてなんかない。わかって欲しかっただけ、この辛さを。
「じゃあ香西さんが結婚しました。旦那さんが運転してます。」
何でいきなりその設定?
けど彼の言われたとおりに想像する。そこは落ち着いた車内で、運転席にいるのは他の誰でもない、彼だ。
「『今どこ!?』って言われたら地図をくるくるくる…」
渡した地図を彼がくるくる回す。全くその通りだと思う。未来の旦那さまにはたくさんたくさん迷惑をかけるだろう。
「私に地図渡さない方が良いですよ」
「…る香西さん」
「…え?」
全然聞いてなかった。今何を言われたんだろう。
彼の呼びかけはいつも不意打ちなので油断しちゃいけないのに…不覚。
「人から頼まれたらノーと言えない香西さん」
ああ、そういう事ね…おかしくて笑ってしまう。
『ノー』と言わないこともないけど、良いのか悪いのか、9割引き受けてしまうのが私の性格だ。
「友達にはもっと自分のために時間使ってって言われます」
『せっかく周りに良い人いっぱいいるのに…自分のために時間使って恋しなきゃ』とか言われた、なんて口が裂けても言わないでおこう。
「でもそういう人の周りには人が集まるよ」
彼の思いがけない言葉が何だか嬉しい。ついつい気が緩んでしまうんだ。
「絶対さ、香西さんいじられキャラでしょ」
突然こんな事を言って来た。心辺りは…先輩か先生しかいない。
「絶対いじられキャラでしょ」
その『絶対』基準が全くわからない。そんなにいじられっぽいだろうか。
「同い年だとそうでもないですけど、年上の人からはよくいじられます」
「あ、そうなの?」
そんなに意外なんだろうか。彼が横でへー、とかふーん、を連発した。