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彼女に好意を抱いてるからだ。
何かにつけて彼女の気を引こうとする。
「もー、香西ちゃん!」
シートベルトを着けながら俺の呼びかけに笑顔で答える。
「はい」
「寒いよ香西さん!」
「寒いですね」
暖房がきくまで結構時間がかかる。二人で寒いと連呼しながら発車指示を出した。
教習所を出てすぐにきょろきょろする彼女を横目で見た。
小動物みたいで何か可愛い…が、やっぱりちょっかいを出したくなる。
「まー、もうここまでの道くらい覚えたでしょ」
「う、はい…」
やっぱりだ。ド方向オンチの彼女がもう道を覚えたなんて思ってない。
さすがだ、と思いつつ笑う。
「マジどんだけなんだよ!ありえないでしょ!」
彼女が小さくむぅ、と唸った。
「だから、」
「好きで迷ってるんじゃないんだよね」
「好きで迷ってるんじゃないんですよ」
彼女の答えなんて知ってる。毎時間このやり取りをしてるんだから。
わざとハモらせたせいか、彼女がいつも以上に反論してくる。
「方向オンチってマジで辛いんですよ!」
「おーおー、むくれちゃった」
その姿さえも愛しく思う。
…ダメだ、もう末期だ。
「じゃあ香西さんが結婚しました。旦那さんが運転してます。」
そこに俺の姿を重ねる。今彼女が運転する車の助手席にいるせいか、その姿が容易に想像出来た。
「『今どこ!?』って言われたら地図をくるくるくる…」
彼女から渡された検定コースが印刷してある地図をくるくると回す。彼女は笑いながら数回首を縦に振った。
「私に地図渡さない方が良いですよ」
「頼まれたら何でもやる香西さん」
「…え?」
彼女が反応するのに数秒かかった。
『頼まれたら何でもやる』…そこに語弊があっただろうか。
「人から頼まれたらノーと言えない香西さん」
「はい」
今度はすぐに返事が返って来た。苦笑している。
「友達にはもっと自分のために時間使ってって言われます」
…確かにね。俺もそう思う。
彼女は困っている人を放っておけない性格で、しかも彼氏や旦那さんが出来たら間違いなく自分の時間を割いてでも尽くすのだろう。
「そういう人の周りには人が集まるよ」
「…そうですか?」
笑顔の返事にはにかみながら答えてくれた。
さっきの不思議な呼びかけから5分と経ってないのに、またちょっかいを出したくなる。
だって間違いなく…
「絶対さ、香西さんいじられキャラでしょ」
彼女の顔に明らかに疑問感が出ている。
「え、そんな感じですか?」
「うん。絶対いじられキャラでしょ」
俺以外からもちょっかい出されてるに違いない。
…何だか妬けて来た。
「んー…でも同い年だとそうでもないですけど、年上の人からはよくいじられます」
「あ、そうなの?」
意外だ。万人からいじられてそうなのに…。
まあでも彼女は年上ウケが良さそうだからそうなんだろう。
…例えば俺みたいにさ。