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「内村さん、ついに今日退院ですね」



30代後半には見えない看護婦がにこやかに話し掛けて来た。内村さんと呼ばれた女は笑顔で会釈した。


「おかげさまで…お世話になりました」


「ご主人によろしくお願いしますね」


「はい」




そして、女の腕の中で寝息を立てている赤ん坊に笑顔を向けた。



「さぁさくちゃん、おうちに帰りましょうねー」










鼻の穴にスイカ、みたいな例えは強ち嘘ではなかった。


つい先日、我が家に女の子がやってきた。由来を語りだしたらキリがないから省略するけど、「さくら」と名付けた。



出産の時はホントに死んじゃうかと思ったくらい辛くて。あの時彼…もとい主人が傍にいてくれて本当によかったと思う。あの場面にいるのが一人なのか二人なのかで感動の度合いが違う。


私たちが授かった天使は、親バカと言われても仕方ないけど、とにかくこの上なく可愛い。ぷくぷくした頬も、もみじのような手も、全部。さっそく主人は「どこにも嫁にやらないからな!」と語り掛けていた。


…なんかもう一言、ウケる。




今日は主人が仕事のため、別の迎えが来る。去年の暮れに古野ドライビングを退職した池田さんだ。


予定よりも早く池田さんが病室に到着した。ドアを開けるやいなや、きゃー、と声を上げてベッドへ駆け寄ってきた。


「かぁわいー!」


「ありがとうございます」


池田さんの言葉にふふ、と笑った。


「目元は私に似てるって言われました」


「内村さんに?」


「はい」



池田さんがそっとさくらを抱き上げた。


「ほーんと、さくちゃんおめめぱっちりしてますねー」


さくらに話し掛けるように池田さんがそう言った。


「はい、さくちゃん返しますね」


「あ、はーい」


腕の中に帰ってきたわが子を見てもう一度ふふ、と笑った。



「さぁ、帰りましょうかね」


池田さんはまとめていた私の荷物を全部手に取って笑顔で言った。


「はい、お願いします」





帰り着いた家は、主人の一人暮らし時代からはあまり想像できないほど綺麗だった。きっと頑張ったんだろうな、と思うとつい笑みがこぼれてしまう。



さくらもずっと眠っているため、ブランケットでその小さな体を包んで横に寝かせた。ずっと眺めていても全然飽きない。


頭をそっと撫でて夕飯の支度をする。私の体調を管理しなきゃいけないのもあって、いつも以上に気合いを入れて料理をした。





そして、約束の時間がやってくる。


味噌汁の味見をしていた時、後ろからふわっと抱き締められた。首もとに顔が埋められる。


「おかえり…ずっと待ってた」


囁くように耳元で主人がそう言った。主人の温かい匂いが伝わってくる。




おたまを置いて、主人の腕の中でゆっくりと振り返る。そして当たり前の行為であるかのように、何も言わず唇が触れた。



「…ただいま」


主人はふっと笑って私の頭を撫でた。


「そんなに長期にわたって会わなかったわけじゃないのにね」


「ホント、昨日も病院に来たのに」


「でもこうやって触れられなかった」


そう言って主人の唇が私の首筋に落ちてきた。



「も…ぅ、ばか…」


「それ禁止。我慢できなくなるから」


「もーっ、キメ顔でそんなこと言わないで!」


笑いながら主人の胸を軽く叩いた。




そしてもう一度見つめ合う。


私は主人の両腕にそっと手を添えた。長身の主人は私の腰に手を回したまま屈むようにして口付けをした。



昔と同じ…触れるだけのだと思っていたものが、長く、深いものに変わっていく。


主人の右手が私の顎に添えられ、強く抱き締められた。学生時代から何一つ変わらない胸の高鳴りを感じる。



「…も、うだめよ…」


「それは残念」


主人は苦笑いをして私を腕から解放した。そしてわたしのあたまをくしゃくしゃっと撫でたあと、意気揚々とさくらの元へと行った。


「さくー、おかえりー」


「寝てるんだから起こさないようにね」


「わかってるよ」


主人は笑顔で食卓の方へ戻ってきた。味噌汁を手渡して私も食卓につく。



「さくらはさ、弟が欲しいかな、妹がいいかな」


「は?」


「あと少なくとも一人は欲しいよな」


「…ちなみに、目標人数は?」


主人は味噌汁をすすって、私に満面の笑顔を向けた。


「5人」





こうやって賑やかな内村家の生活が、また始まっていった。


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