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コト、と目の前にマグカップが置かれた。手に取ったそれは人肌くらいの温かさのミルクティー。私が淹れる紅茶はお母さんのミルクティーには適わない。
「はぁー…美味しい」
お母さんはにっこりと笑って、ミルクティーを口にしながら私の前に座った。
「なんか落ち着くよね」
「でしょ?」
そう言ってお母さんは一口サイズのクッキーを口に運んだ。
今和室では彼とお父さんが話している。扉は閉められているため、二階の私たちには会話が全く聞こえない。
「大丈夫かなぁ」
「何が?」
「新一さん」
そう言って私もクッキーを口にした。もぐもぐもぐ、と食べてからミルクティーに口をつけた。
「なーんか不安でさ」
「大丈夫じゃない?」
「んー…」
10歳上なだけあって、彼は私より人生経験が長いし、私よりずっと落ち着いてるし、発言もしっかりしてるからたぶん大丈夫とは思うけど…お父さん相手だからなぁ。
あれこれ考えている私をよそに、お母さんが肘をついて軽く息を吐いた。
「で?薫と内村さんの馴れ初めを教えてもらおうかな?」
「むぅ…」
もともとこれを約束に彼を実家に招いたようなものだ。今更喋らないわけにはいかない。
知られてまずいことなんて何一つないけど、親に馴れ初めを話すなんて何だか気恥ずかしい。
「…初めて会ったのは自動車学校で、私の担当の先生だったんだ」
お母さんは何も喋らずじっと私を見つめた。
「フランスで仕事終わって帰って来て、しばらくして数あわせの合コンに連れて行かれて、そこで久しぶりに会ってさ」
「へー…てことは、付き合ってもうすぐ一年?」
「いや、まだ半年ちょいかな…」
「それで結婚なんて大丈夫なの?」
私は静かにマグカップを机に置いて、手の中にあるままのそれを見つめた。
「一緒にいた時間ってそんなに重要なのかな…」
ぱっと顔を上げてお母さんを見た。お母さんは表情を変えないままじっと私を見た。
「それにね、私が大学生の時交通事故に遭ったじゃん…あの時実は彼と付き合ってて、一回別れちゃったけど幸せだったし、今も幸せだし、これから先もそうだと思うんだ」
すると私の言葉に耳を傾けていたお母さんが、いきなり声を上げて笑いだした。
「そーんなムキにならなくても…」
お母さんはまたクッキーを手に取って口に運んだ。私の方をちらっとみて微笑む。
「騙されたのかな、とか色々考えただけよ。10コも上なんだもん。しかも今の話だと自動車学校に通ってた時から付き合ってたみたいだし?」
「ぐ…」
いらんことを喋ってしまった。何も言えなくなった私を見て、お母さんはさらに笑った。
「あんたに恋愛させるために高い金払って自動車学校行かせたんじゃないのよー?」
「ご、めん…」
「うーそ」
ふふ、とお母さんが笑った。どれだけ精神的に追い詰めたら気が済むんだ、この母は。
「薫が幸せならそれでいーの」
「…ありがと…」
「大丈夫よ、きっと内村さんがもっともっと幸せにしてくれる」
「…ん」
くすぐったい気持ちになりながら、彼が和室から出てくるのを待った。