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笑顔で会釈をして車に乗り込んだ。背もたれに体を預けると、今まで緊張していた体から疲れが一気に抜けた。
「はー…緊張したぁ」
彼はそんな私の様子をシートベルトを着けながら眺め、苦笑いをこぼした。
緊張してたの私だけかい。何だか笑われたのが悔しくて、せめてもの抵抗で彼の腕をぺしっと叩いた。
「バカにしてるでしょ」
「してないよ」
「うそくさい…」
彼は声を上げて笑い、私をじっと見つめた。
「ホントだって!
そうじゃなくて、昔こうやって話だけじゃなくて家に連れて行ってれば、もっと早くに結婚出来てたのかなって」
こうも毎回昔のことを『過ちがなければ早く結婚できてたのに』的なことを言われると、私だって辛い。時間なんて関係ない…私は今が幸せなのに。
「過去を掘り起こすのはやめましょう。何言っても変わらないし」
「まあね」
「それにね、」
彼がキーに手をかけたとき、隙を見つけて彼の頬にキスをした。切れ長の目を大きく見開いて私を見る彼を、慈しむように見つめ返した。
…正直、心臓が張り裂けそうなほどドキドキしてるけど。
「今すごく幸せだから…時間なんて関係ないよ」
変に緊張してしまったのがばれないようにえへへ、と笑った。すると次の瞬間、不意に彼に唇を奪われた。
ゆっくりと流れる愛しい時間。このまま時が止まってしまえば良いのに…。
長いキスのあと、彼がそっと私の頭を撫でた。手懐けられた動物のように大人しくなってしまう。
「ありがと…おまえの実家でも頑張るよ」
彼は囁くように私にそう言った。もう一度、彼を真っすぐ見つめる。
「私も」
彼に向かってもう一度えへへ、と笑ってみせた。彼はにっこりと私に笑ってみせて、笑顔のままアクセルを踏んだ。
「まあ何が残念かって家にいないことだよね」
「…何で?」
「何ででしょ」
悪戯っぽい笑みを浮かべて彼が問い掛けた。心当たりがないために答えるまでに時間がかかってしまう。
「うー…ん…あ、北海道物産展で買ったカレーパンを昼ご飯に食べたかったから?」
その答えに彼が大きな声を上げて笑った。口元に手をあてて笑いを堪えようと頑張っているみたいだ。
「それ…本気で言ってんの?」
「だって他に思いつかないから!」
「違います。はい、やり直し」
「むー…」
何?家にいないのが残念…DVD?そんな話なかったし…ご馳走作る約束とかしてたっけ?考えれば考えるほどわけがわからなくなる。
彼が軽く笑って私の腕をぱしっと叩いた。
「じゃあ家でじっくり教えてあげる」
「はぁ…」
毎回家でね、と言われる意味がよくわからなかったりする。何でここじゃないんだろう。
そして、ようやく実家近くの公園が見えはじめた。