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手元にある資料を見てはぁっとため息を吐く。



『三國大学交響楽部 第50回記念演奏会』




確かに私は現役の頃、外政マネージャーという対外的な仕事はしていた。だからといって今回のこの演奏会の広告回収の中心になれなんて、無茶ぶりにもほどがある。



しかも何故か、OB回収費目に古野ドライビングがあった。現役取りに行けよ、と突っ込みたくなるけどそこは仕方ない。




そんな流れで昼休憩がいつもより長めにある今日、私が担当者にアポを取って広告契約をしに行くことになった。


彼伝手に広告をもらってしまうと、今後現役が広告を回収しにくい。それもあって彼には一切の連絡をしなかった。


久しぶりにあの制服姿を見たい気もするけど…彼仕事中だし。



ほぼ毎日彼とは会ってるけど、制服なんて新鮮すぎて、失礼な話いつもより会いたいっていう気持ちが強い。別に制服フェチとかそんなんじゃないけど。




でも今日は仕事。私もある意味仕事。公私混同するわけにはいかない。



「では、こちらの契約書にご記入していただいてよろしいでしょうか?」


「はい」


そう言って担当者である年配の男性が広告契約書にサインをしてくれている。その少し後ろには、私が通っていた時には見たことのない、可愛い女の人が立っていた。私の視線に気付いたのか、にっこりと微笑んでみせている。


「ここの卒業生でいらっしゃいますか?」


「あ、はい。ずいぶん前に」


「そうなんだ」


男性が書くのを一旦やめ、優しい笑みを浮かべてこう言った。


「はい…方向オンチなので、先生に苦労おかけしてしまって…」


「ちなみに担当は?」


「あ、内村…新一さんです」


「そうなんですね!」



心なしか女の人の顔がぱあっと明るくなった気がする。なんでだろう…気のせいかな?


そこでなぜか沈黙が流れてしまったので、とりあえず会話をつなげてみる。


「あーっと、内村先生は教習中ですか?」


その言葉を聞いたとたん、嬉しそうな声色で女の人が言った。


「お待ちください」


小走りでその場を去って行く。別に呼んだつもりじゃないんだけど…。しかも女の人の反応があまりよくわからない。もしかして彼の事…なーんて事あるはずないよね。




あれこれ考えているうちに、担当の方が書類を書き終え、印鑑を押してくれた。


「こちらでよろしいですかね?」


「はい、ありがとうございます。広告費につきましては後日、演奏会のパンフレットをお渡しするときにいただく形になります」


「わかりました」


「こちらが今回の招待券になります。よろしければみなさまでいらしてください」


「ありがとうございます。頑張って」


「はい、ありがとうございます。では、失礼します」




笑顔で会釈して、受け付けから立ち上がった。そして駐車場に向かっていたその時、後ろから声を掛けられた。



「お待たせしました」


「え?」



振り返るとそこに彼が立っていた。彼が少し大きめに息を吐いた辺り、ちょっと急いでこっちに来たっぽい。まさか本当に呼んでくるとは…。


ちょっとびっくりしているのが伝わったのか、彼が苦笑いした。


「何?俺に用があったんじゃないの?」


「や、ただ『内村先生は教習中ですか?』って聞いただけなのに、受け付けの方が『お待ちください』って心なしか嬉しそうにどっか行ったから…」


「なーんだ、俺に会いに来たんじゃないんだ」


どんだけ暇人扱いする気だ。私だって忙しいのに。


「私忙しいんです」


すると彼がふっと笑った後、髪をくしゃくしゃっとした。ぼさぼさになる髪を一生懸命なおす。


「じゃあ何しに来たわけ?」


「演奏会の広告回収に」


「何の?」


「交響の。今度現役OB合同演奏会があって、そのパンフレットに乗せる広告のOB負担分集めてるんです」


「マジ?それいつ?」


「えーっと、再来月の…2日ですかね」


「そうなんだ。その日休暇だから行くよ」


「ホントですか?」



思えば私が演奏している姿を見てもらうのは初めてだ。嬉しくて嬉しくて仕方ない。


「じゃあチケット何枚かあるんで、同僚の方連れて見に来てください!」


「がっつり宣伝してるよね」


「使えるものは使わなきゃ」



すると彼はにっこりと笑みを浮かべて、何かを指折り数え始めた。


「どうしたんですか?」


「んっとね、今の入れて7かな」


…は?何が…


そう言おうとして、その意味を悟った。顔が熱くなってくるのがわかる。


「明日も仕事です!」


「俺もです」


「もーっ、とにかく!私は職場に戻るんで、同僚の方に宣伝しといてくださいよ」


「ただし9に増えましたけどね」


「知りません!」




そう言って古野ドライビングから走り去った。思春期か、私たちは。


そして、今夜私を待ち構えているものがどんなものか、今の私にはまだわからなかった。


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