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膝元から聞こえた声は、いつもの高めの声ではない、低くなった谷原の声だった。
「う…」
片手で口元をおさえてゆっくり谷原が起き上がった。それに手を貸そうとしたが、俺自身にそんな力は残っていない。
そんな俺の代わりにか、彼女が車の反対側に回り、ドアを開けて谷原の体を支えた。彼女と顔を見合わせた岩本は車から降り、どこかへ走って行った。
「大丈夫ですか?」
「薫ちゃん…」
「無理したでしょう?きつかったですね…」
そう言って彼女は俺にしたように、谷原の背中をそっとさすってやっていた。谷原はそのまま彼女の方を向き、彼女の肩に額を乗せた。
彼女は背中にやっていた手を頭に回した。正直妬けるが、状況が状況だけに俺はどうしようも出来ないし、仕方がないと思う。
「みっともない…こんな…」
「そんなことないですよ」
そう言って彼女は谷原をそっと抱き締めた。頭をぽんぽんと叩いてやっている。
「ごめんなさい、私が谷原さんの気持ちを台無しにしたばっかりにこんな…」
「薫ちゃんは悪くない」
膝の上に置かれていた谷原の手が彼女の肩に置かれた。暗闇ではあるが、少し震えているように見える。
「俺が悪いんだ…結局自分の力で振り向かせれなかったし…」
たどたどしく谷原が喋った。あれだけ飲んでつぶれて、よくまともに喋れるなと思う。
「辛い思いばっかりさせてごめんなさい…」
彼女はそう言って谷原の肩に手を掛けた。二人の間にやっと距離が出来て、不謹慎ながら安堵を覚える。
「でも…私は彼を選んだことを後悔していません。むしろ中途半端に終わった関係が、こうやってまた続けられることになって感謝してます」
その時、彼女と目が合った。彼女は慈悲深い笑顔を浮かべ、再び谷原の方を向いた。
「幸せになります。谷原さんが悔しいと思うくらい…その代わり、私がすっごく羨ましいと思うくらい幸せになってください」
そして、彼女の手が谷原から離れた。谷原はゆっくりと彼女を見上げ、それから俺の方を振り返った。
「俺はまだ諦めるつもりはないですから…だから彼女が悲しむようなことがあれば、すぐにでも横から奪い取ってやります」
最初は呆気にとられたが、すぐにふっと笑って谷原の肩に手を置いた。
「任せろ。そんなこと起こらないから…これから先、一生」
これが、俺と谷原の友情が始まった日だった。