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彼の声に後ろを振り返り、そっと彼を見守った。のそのそと動いている様子からは大丈夫な気配がない。
そして彼が体を前に倒した時、短い呻き声のようなものが聞こえた。たぶん吐きそうになったんだろう。
「新一さん!」
慌てて助手席から降りて、右側の後部座席に駆け寄った。
ドアを開けてうずくまりつつある彼をそっと抱き締めた。ひどいアルコールの匂いにこっちも少し吐きそうになったけど、大学時代にこういうのはかなり慣れたほうだ。
「新一さん」
彼の頭をぽんぽんと叩いた。彼の体重がこっち側にかかって来るのがわかる。背中をそっとさすり、彼の口元にハンカチを添えた。
「薫…情けないな、俺…」
「そんなことないですよ。たくさん飲んだんですね…疲れたでしょう?」
さらさらとした彼の髪を撫でた。いつも使っているワックスの匂いがする。
「帰ってゆっくりしましょう…ね?」
「薫…」
彼はそのまま俯き、何も喋らなかった。
と思いきや次の瞬間、彼がいきなりがばっと私と反対の方を振り向いた。びっくりして彼の体に回していた腕を離す。
「…何で…?」
何に対する疑問なのかがわからなかった私は、彼の疑問に答えれなかった。
すると、岩本さんが運転席から身を乗り出して彼に話し掛けた。
「あぁ、さすがに二人を横には出来なかったんで、まだ軽症のあなたに座ってもらいました」
「えーと…」
「岩本雄大です。谷原がお世話になってます」
「えっと」
すぐに手を口に当てたので、また吐き気がしたんだろう。背中に手を添え、ゆっくりさすった。
でもその前に自分の胸に手を当ててたから、たぶん自己紹介したかったんだと思う。
「彼、内村新一って言います」
「あぁ、噂の内村さんですね」
噂のって…谷原さんが彼のことを話してたんだろうか。何を話してたんだろうとか以前に、彼と谷原さんはホントにどんな関係なんだろう。
「谷原から話は伺ってます」
「はぁ…」
「谷原とは香西さんのお話をしたんですか?」
「…だとしたら、何なんです?」
「いえ」
何で彼とソレイユの人たちはいつもこうピリピリした空気を作るんだろうか。こっちが気疲れしてしまいそう…。
すると、岩本さんがさっきの少し挑発するような口調とは全然違う、やさしい喋り方で彼に話し掛けた。
「その節は谷原がご迷惑お掛けしました」
岩本さんの言葉に少しびっくりして、私は思わず岩本さんの方を向いた。
「香西さんはホントに素敵な女性です。真面目で、謙虚で、知的で、凛としていて、でも儚く脆い…そう谷原から伺ってます」
谷原さん…なんて恥ずかしいことを…。顔が熱くなってきたのがわかって、誰にも見られないようにと顔を伏せた。
「香西さんを幸せにしてあげてください。それが谷原と私からのお願いです」
「もちろんです…彼女は一生かけて幸せにします」
彼らは私を差し置いてなんて恥ずかしいことを言ってるんだ。綺麗所ばっかりだから似合うといえば似合うセリフではあるけど。
「香西さんをよろしくお願いします」
岩本さんが彼に笑顔を向けたあと、私にウインクしてみせた。さっき聞いた岩本さんに想いを寄せてた人に知られたら嫉妬で殺されそうなくらい、独り身じゃなくてもノックアウトしそうなものだった。
すると、彼の膝を枕にしていた谷原さんが眉間にしわを寄せて体を動かし始めた。