-211-
居酒屋に着いたとき、一人の男がカウンターでうなだれていた。それが谷原だとすぐにわかったのは、まわりに比べて一際整った顔立ちをしていて、女性客がちらちらと見ていたからだ。
こんなイケメンが寂しそうな目をして一人酒を飲んでいたら、まわりの女性は放っておきたくないんだろう。
溜め息を吐いてカウンターへと向かった。谷原の肩をぽん、と叩くと、赤い顔をした谷原がゆっくりとこっちを向いた。
「あ、ども」
「『あ、ども』じゃねぇよ…どれだけ心配したと思ってんだ」
「心配?内村さんが?何故?」
「何でって…」
何故か言葉に詰まる。普通に考えればこんな状態の人を見て心配しない人はいない。
それに…。
がしがしと頭を掻いて谷原の横に座った。
「俺ら仲悪いけどさ、多分…でも赤の他人じゃないだろ。心配して何が悪い」
それを聞いた谷原が自嘲気味にはっと笑った。
「同情なんていりませんよ。特に好きな女性を寝取った男なんかに」
「言い方悪いな…」
飲んだくれにいちいちイラッとしても仕方ないので、俺もとりあえず酒を頼んだ。
「別に寝取った訳じゃないし」
谷原が酒をあおったあと、きっと俺を睨み付けた。
「じゃあ何なんです?あんなことさえされなければ、俺は彼女とうまくいくはずだったのに」
「それはおかしいんじゃないか?」
目の前に置かれたビールをすぐさま半分くらい飲んだ。勢いに任せてどんっとジョッキを置く。
「まあ寝取ったって言われても仕方ないかもだけど…あくまであれはきっかけだっただけで、薫は俺をずっと想っててくれたんだ」
「寝取った男はみんな『きっかけ』で逃げるらしいですね」
「知らないけどな」
嫌味たっぷりに答えてビールを飲み干した。こんなハイペースで飲むことなんてないから、正直若干ふらふらする。
…この光景を彼女が見たらなんて思うんだろう…。
「とにかくだよ、俺はずっと彼女を想ってたんだ。5年間も」
「それは俺もですよ」
その言葉に眉をひそめる。谷原はくいっと焼酎を飲み干し、グラスを力強く置いた。
「俺は5年前の夏、薫ちゃんに会ってるんです。その時には自覚がなくても、彼女を気に掛けていたのは確かですから」
5年前の夏…それはちょうど、俺が彼女と別れた時期だ。そんな時に出会ってたんだと思うと、何故だか言葉が出てこなかった。
「きっと俺が内村さんに初めて会ったあの日…あの日にあなたが彼女と会ってなければ、俺は彼女と結婚を前提とした付き合いが出来たはずなのに」
「いい加減にしろ!」
気付いたらかなり飲んでいて、目の前には空のグラスが並んでいる。記憶が飛んでしまうかと少し心配はしたが、酒の力でそんなものはお構いなしだった。
「何でもかんでも人のせいにしやがって…」
谷原に負けんばかりの目力で思いっきり睨み付けた。
「俺に電話してきた時の挑戦状は何だったんだよ?何が『彼女は俺が貰います』だ…そんなんじゃどうせ、俺が薫と会ってなくても付き合えてないだろ。人にあれこれ責任擦り付けんな!」
「あなたにが何わかるんだ!」
谷原が強い口調で言った。それでも俺は屈したりはしなかった。黙って谷原を見た。
「いっつもいっつも俺は選ばれることなんてない…仕事も、恋愛も、全て岩本っちゃんに取られて…」
あれだけ今まで強気でいた谷原の目から雫が落ちてきた。
「やっと、俺のことを見てくれる女性が見つかって…彼女のことを本気で想って、やっと振り向き始めてくれたのに…」
谷原の作った握りこぶしが震えている。俺にはこいつに掛ける言葉も、その資格もない。
「あなたと彼女を…やっぱり二人きりにしておくべきじゃなかった…」
谷原はそれから何も喋らなくなった。どうやらつぶれてしまったらしい。
俺は意識が朦朧としながら、目の前にある焼酎をあおった。