表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
211/237

-211-

居酒屋に着いたとき、一人の男がカウンターでうなだれていた。それが谷原だとすぐにわかったのは、まわりに比べて一際整った顔立ちをしていて、女性客がちらちらと見ていたからだ。



こんなイケメンが寂しそうな目をして一人酒を飲んでいたら、まわりの女性は放っておきたくないんだろう。





溜め息を吐いてカウンターへと向かった。谷原の肩をぽん、と叩くと、赤い顔をした谷原がゆっくりとこっちを向いた。


「あ、ども」


「『あ、ども』じゃねぇよ…どれだけ心配したと思ってんだ」


「心配?内村さんが?何故?」


「何でって…」



何故か言葉に詰まる。普通に考えればこんな状態の人を見て心配しない人はいない。


それに…。



がしがしと頭を掻いて谷原の横に座った。


「俺ら仲悪いけどさ、多分…でも赤の他人じゃないだろ。心配して何が悪い」


それを聞いた谷原が自嘲気味にはっと笑った。


「同情なんていりませんよ。特に好きな女性を寝取った男なんかに」


「言い方悪いな…」



飲んだくれにいちいちイラッとしても仕方ないので、俺もとりあえず酒を頼んだ。


「別に寝取った訳じゃないし」


谷原が酒をあおったあと、きっと俺を睨み付けた。


「じゃあ何なんです?あんなことさえされなければ、俺は彼女とうまくいくはずだったのに」


「それはおかしいんじゃないか?」



目の前に置かれたビールをすぐさま半分くらい飲んだ。勢いに任せてどんっとジョッキを置く。


「まあ寝取ったって言われても仕方ないかもだけど…あくまであれはきっかけだっただけで、薫は俺をずっと想っててくれたんだ」


「寝取った男はみんな『きっかけ』で逃げるらしいですね」


「知らないけどな」



嫌味たっぷりに答えてビールを飲み干した。こんなハイペースで飲むことなんてないから、正直若干ふらふらする。


…この光景を彼女が見たらなんて思うんだろう…。




「とにかくだよ、俺はずっと彼女を想ってたんだ。5年間も」


「それは俺もですよ」


その言葉に眉をひそめる。谷原はくいっと焼酎を飲み干し、グラスを力強く置いた。



「俺は5年前の夏、薫ちゃんに会ってるんです。その時には自覚がなくても、彼女を気に掛けていたのは確かですから」





5年前の夏…それはちょうど、俺が彼女と別れた時期だ。そんな時に出会ってたんだと思うと、何故だか言葉が出てこなかった。



「きっと俺が内村さんに初めて会ったあの日…あの日にあなたが彼女と会ってなければ、俺は彼女と結婚を前提とした付き合いが出来たはずなのに」


「いい加減にしろ!」



気付いたらかなり飲んでいて、目の前には空のグラスが並んでいる。記憶が飛んでしまうかと少し心配はしたが、酒の力でそんなものはお構いなしだった。



「何でもかんでも人のせいにしやがって…」


谷原に負けんばかりの目力で思いっきり睨み付けた。


「俺に電話してきた時の挑戦状は何だったんだよ?何が『彼女は俺が貰います』だ…そんなんじゃどうせ、俺が薫と会ってなくても付き合えてないだろ。人にあれこれ責任擦り付けんな!」


「あなたにが何わかるんだ!」


谷原が強い口調で言った。それでも俺は屈したりはしなかった。黙って谷原を見た。



「いっつもいっつも俺は選ばれることなんてない…仕事も、恋愛も、全て岩本っちゃんに取られて…」


あれだけ今まで強気でいた谷原の目から雫が落ちてきた。


「やっと、俺のことを見てくれる女性が見つかって…彼女のことを本気で想って、やっと振り向き始めてくれたのに…」



谷原の作った握りこぶしが震えている。俺にはこいつに掛ける言葉も、その資格もない。


「あなたと彼女を…やっぱり二人きりにしておくべきじゃなかった…」





谷原はそれから何も喋らなくなった。どうやらつぶれてしまったらしい。


俺は意識が朦朧としながら、目の前にある焼酎をあおった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ