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一生懸命涙を拭いて携帯をじっと見る。見覚えのない番号から電話なんてめずらしいことだ。
眉をひそめたまま電話を取った。
「…もしもし?」
『っ、香西ちゃんだよね!?』
その声、その口調。確かに聞き覚えのあるものだった。こんな声色を聞くのは初めてだけど。
「…岩本さん…?」
『ごめん、友ちゃんに番号聞いて…いや、それは今どうでもいいか』
友さんは私と何回も一緒に仕事をしたことのある3つ上の女の人。すごく可愛くて、天然で、仕事熱心な人だ。
あれだけ個人情報保護について何度も指導する立場にある岩本さんが、同じ立場にある友さんから番号を聞いたってことは、緊急を要することに違いない。
「どうしたんですか?」
『谷原ちゃんがやばいんだ!』
「え…?」
やばいって…どうやばいの?谷原さんに何が起こってるの?頭が真っ白になっていく。
『説明はあとでするから!今どこ!?』
「た…にはらさんの、家です…」
『わかった、すぐ迎えに行くから』
ぷち、とすぐに電話が切られた。
私のせいで谷原さんの身に何かあったの?谷原さんがやばい状況になったのは、私のせいなの?私があんなこと言わなければ、谷原さんはこんな目に遭わなかったの?私が…。
「いやあぁぁぁぁっ!!」
頭を抱えてその場に座り込んだ。涙が止まることなく溢れて来る。
私のせいだ…私のせいで谷原さんが…。
こんな年になって泣き疲れてしまうなんてありえないとは思うが、気付いたらなぜか車の中にいた。
…まさか…夢オチ?
そんな考えはタバコの匂いで消え去った。
「おはよ」
横に顔を向けると、タバコをくわえた岩本さんがハンドルに手をかけてこっちに向けて手を軽く挙げた。
「!岩本さん…!」
岩本さんはびっくりしている私の頭をくしゃくしゃっと撫でた。
「谷原ちゃんの家行ったら香西ちゃんが倒れてたから焦ったんだよ」
「す、すみません…」
頭を撫でられるのにホント弱くて、顔を少し赤くしながら俯いた。
とか今はそんな状況じゃなくて。
「谷原さんは!?」
岩本さんはタバコを車の灰皿に捨てて一息ついた。
「救出済み」
「な、にが…あったんですか…?」
おそるおそる尋ねる私とは裏腹に、岩本さんは苦笑しながらくいっと親指を後部座席に向けた。
振り返るとそこには横になった谷原さんがいた。吐き気がするほどのアルコールの匂いを漂わせたまま…。
「…つぶれたんですか?」
「まあそんなとこかな。コイツ酒強くないくせに浴びるように飲んでたらしいよ…急性アル中になるかと思ったし」
思わず見とれてしまいそうなその顔に、安堵の色が浮かんできた。
「まあたしなむ程度にしか飲まない谷原ちゃんがこんな風になったのはわからんでもないけどね」
そう言って困ったように笑いながら岩本さんが私の方を見た。やっぱり原因は私…だよね…。
「そんでもって一緒にいたこの人もついでに座席に積んどいた」
そう。さっきからずっと気になっていたこと。谷原さんが誰かに膝枕をしてもらっている形になっている。
ゆっくりと顔を上げる。目の前の光景に絶句してしまうとは知らずに。
「…え?」
谷原さんに膝枕してたのは他の誰でもない、彼だった。