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彼女の携帯に繋がらないなら居場所だってわかるはずがない。何も出来ない自分に苛立ちながら、とりあえず彼女の家に戻った。
時計はもう8時を回っている。谷原の友達っぽい奴から何かが起こったらしい言葉を聞いたときから、早一時間が経とうとしていた。
彼女以外の状況がわかる人に連絡できれば…。
そう思った瞬間、はっとして携帯を扱った。電話帳の中にいるはずの当事者…慌てながらその名前を捜し出す。
『谷原』
今思えば何故かわからないが、前電話があった時律儀に登録していた。下の名前は知らない…むしろ知りたくもなかったから名字だけで登録してるが。
決意をしてぐっと発信ボタンを押した。彼女に電話するより緊張する。なんせラスボスに挑むようなもんだし。
万が一谷原が彼女を襲ってたんだとしたら、電話に出るはずはない。最悪留守録になるだろう。
そんな俺の予想に反して、谷原はあっさり電話に出た。
『…はい、谷原ですー…』
テンションが高いのか低いのか、判断出来ないような声色で谷原が言った。正直反応に困る。
「あの、内村ですが…」
『あー、どーもどーも』
「…お前、大丈夫か?」
何をやってるのかも検討がつかない。
「何やってんのお前…」
『んー…』
女が聞いたらうっとりしてしまうだろう色艶のある溜め息を吐いた。
『飲んでますけど何か?』
「は?どこで?」
『居酒屋以外どこがあるんですかー』
あの谷原のルックスだけ見ると想像も出来ない荒れ方。何が原因でそうなったのかはいまいちわからない。
「…薫は?」
『俺の家』
「は?なんで?」
『置いてきました』
「なんで?」
埒があかない。どれだけ飲んでるんだコイツ。
とりあえず彼女には特に問題はなさそうだ…たぶん。雰囲気的にやけ酒な気がしてきたし。
はぁっと溜め息を吐いて飲んだくれに話し掛けた。
「どこにいるんだよお前」
『んー…大将』
それは、俺と彼女が再会した所。しかもそんなに近くない、というのをちょっと前に彼女からちらっと聞いたことがある。
思い出といえば思い出の場所になった居酒屋のイメージが何となく崩れていく。まあ仕方ないよな、と思いながらもう一度溜め息を吐いた。
「今からそっちに行ってやるから待ってろ」
『良いですよー、来なくても』
「何でだよ。一人つぶれようとしてるくせに」
『内村さんに会いたくないし』
やっと出たな、コイツの本性。そう言わんばかりのセリフだった。酔っ払い相手にいちいちムカついても意味がないが。
「この際ガチバトルしよう。お互い言いたいことは全部言う。それで良いよな?」
俺らは別に友達でも何でもないから、この流れもこの言葉遣いも間違っているだろう。でもこんな状況下ではそんな事どうでも良い。とにかく彼女と谷原を何とかしなくては…。
「すぐ着くから待ってろ」
そう言って電話を切った。