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「何でそういう結論になったのか教えてくれる?」
爽やかな顔立ちの谷原さんが、怒ってるような苦しんでいるような、そんな風に顔を曇らせた。
つい一時間ほど前、谷原さんが会社に迎えに来た。同僚の目から逃れつつ、向かった先は谷原さんの家だった。
部屋に先に行かされたので谷原さんをぽけーっと待っていると、谷原さんがやさしい笑みを浮かべて部屋にやって来た。手にはホットコーヒーとホットミルクティーが握られていた。
すごく、胸が痛む。
こんなにずっと私のことを想ってくれて、こんなに紳士的な振る舞いをしてくれる人はそういない。
私は今から、谷原さんの気持ちを断らなきゃいけないんだ…。
気持ちはお受けできません、と言ったものの、何でそういう結論になったのか、と聞かれてしまうと口が重くて開かない。彼と付き合うことになったから、と言えば終わる話かもしれないが、きっと谷原さんが聞きたいのは『何で彼と付き合うことになったのか』だと思う。
気持ちが通じ合ったから。でもそのきっかけは何?あれは彼が家に来たとき。そう、谷原さんが彼を私の部屋に運んだ、あの翌日…。
「…あの日、内村さんと何かあったの?」
谷原さんの言葉にびくっとしてしまう。まったくその通りだ。何があったかなんて言えるはずもない。
明らかに目が泳ぎだした私に向かって、谷原さんが核心を突く言葉を放った。
「…もしかして、あの後内村さんに抱かれたの?」
言葉も出ない。眉をひそめたままぎゅっと目を瞑った。そう、すべての始まりはそこだった。
私は肯定も否定もしないで俯いた。
その瞬間、すごい力で手首を掴まれた。腕を引かれ、ベッドへと放り投げられる。
「…っ!」
体を起こそうとすると仰向けにされ、手を押さえられた。今までにない力強さと真剣な眼差しに息をのんでしまう。
「内村さんと体の関係を持ったから…付き合うことになったの?」
「違っ…!」
「俺が無理矢理にでも薫ちゃんを奪ってれば、薫ちゃんは俺のものになってたの!?」
「そうじゃな…!」
「そうだ…もっと早くにあなたを戴いておくべきだったんだ…!」
谷原さんの目が険しく細められた。性急に唇が首筋に落とされる。
「やぁ…だ…っ!」
どれだけ腕に力を入れても適わない。何をしても無駄で、きっと私は谷原さんの思うがままに…。
そう思った時、私の手を掴んでいた谷原さんの手の力が弱まった。顔がどんどん離れていく。
「…こんなことしたって…俺に振り向かせることが出来ないことくらい…わかってる」
苦しくて苦しくてたまらない。私はどれだけ谷原さんを苦しめれば気が済むんだろう?
苦しくて悲しくて、涙が止まらなかった。解放されているのに動けなくて、下唇を噛んだまま静かに涙を流した。
谷原さんはいつものやさしい笑顔で、私の頬に手を添えた。温かくて大きな手が私の涙を拭う。
「悠長にしてないで…あなたから早く返事を貰えば良かった…」
再び辛そうに顔を歪ませた後、谷原さんは部屋を出ていった。谷原さんの部屋に残された私はなす術もなく、ただただ涙を流した。
その数十分後、知らない番号から携帯に着信があった。