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昼過ぎには曇り空が広がり、雪がちらつきはじめた。毎年雪を見るたびに彼女の姿を思い出していた。
『はー…めっちゃ寒い…』
『冬ですもんね』
『香西さんのせいで雪降ってるしね』
『関係ないです!』
『他の生徒の教習の時は雪降ってなかったのになー』
『嘘ばっかり!朝から降ってたじゃないですか!』
5年前のあのやりとり。雪を見るたびに思い出していた白いロングマフラー姿の女性。
あの頃のあどけなさは、もうない。
その代わりに俺の傍にいるのはすっかり大人の女性になった愛しい人。あの頃の彼女を未練がましく思い出す必要もない。
…今頃彼女は外に出てるのかもな。そう思いながら外の景色を眺めた。
ちょうどその時だった。彼女から電話が掛かってきた。時間的に昼休みなんだろう。
「もしもし、どうした?」
『あ、今日帰るの遅くなるかもしれません』
「え?何で?」
『えっと…』
もごもごと濁した後、意を決したようにはっきりとした口調で言った。
『今日谷原さんと会うことになりました』
「…は?」
俺の予想だと、たぶん二人っきりで。束縛するタイプならこの地点でアウトではあるが。
『で、今日会ってちゃんとお断りして、これからもご友人としてお付き合いいただければって伝えてきます』
…つまり、俺が知らない間に告白はされていたらしい。彼女の年齢とか状況とか、考えただけでも谷原と二人で会うのは危険な気がする。
「…大丈夫なわけ?」
『だぁーいじょうぶですよ』
「俺ついて行こうか?」
嘘。ついて行きたい。別に他の男と二人で会う分は何も問題ないが、相手が谷原となると話は別だ。不安で不安でたまらなくなる。
『大丈夫ですって、変なこと言ったりしません』
「あのさ、俺が言いたいのは…」
『え?』
相変わらず無防備な彼女。最悪襲われるという事態はどうも想定できないらしい。彼女を狙っている男なんて谷原以外にもいるだろうのに、それを信じようとしない…だからこそ危なっかしい。
「…っ、何でもない…」
『何ですかそれ…とにかく!今日ちゃんと話してきます』
「気を付けて来いよ」
『気を付けるも何も…危険地帯に行くわけでもないのに』
だから…!昔から何回説明したらわかるんだというくらい納得してくれない。もう諦めるしかないんだろう。
「話変わるけどさ、今外にいる?」
『そんなことあるわけないじゃないですか。今日どれだけ寒いと思ってるんですか?』
「何だ、雪降ってるからまたどっかふらついてんのかと思った」
『関係ないです!』
そう返ってくるかと思いきや、彼女が喋らなくなった。余計なことを言ってしまったのか少し不安になる。
「薫?」
『あ、いや、覚えててくれてたんだなって…』
えへへ、と彼女が小さく笑った。今この場にいれば可愛がってやったのに…残念だ。ふっと笑ってしまう。
「俺が今まで薫のこと忘れたことないって言ったの覚えてる?」
『…はあ』
「だから教習中の会話も含めて、ちゃんと全部覚えてる」
『ありがとうございます…』
「お前が外出ると雪ひどくなるんだから、風邪引かないように暖かくしろよ」
『はい』
この時、俺の選択が間違っていたことを、俺も彼女も気付いていなかった。