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実際谷原さんに会った時、テンパって結局何も言えませんでした、なオチになりそうで正直不安だったりする。
谷原さんはすごく素敵な人だ。私なんかにはもったいないくらい。だから早く私の気持ちを伝え、少しでも早く幸せになって欲しいと思う。
…何様だろう、私。
色々考えていると、玄関の方から物音が聞こえた。そして、すでに部屋のドアのガラスには人影が写っている。
不法侵入者だ。いまいち身体が自由に動かない以上、襲われてしまえばもう終わりだ。布団をぎゅっと握る。
ガチャン、というドアが開く音とともに目の前に現れたのは彼だった。一瞬身体から力が抜ける。
それでも、だ。私の記憶が正しければ、彼が家を出る時は鍵を掛けたはずだった。もしかして鍵あけたまま一日過ごしてた…?
「な、んで…?鍵かけたはず…」
「あ、ごめん。これ」
ちゃりん、と彼が家の鍵を見せた。つまり、私の鍵を我が物顔で持って行ったということ。
「ちょ、何勝手に人の鍵持ち出してんですか!」
「これ薫のじゃないよ、俺の。スペア作ったの」
そう言って彼はベッドに腰掛けた。二人分の重みでぎし、と音がする。
「…は?何で…」
「何でって、俺たち恋人同士だからだよ」
状況が状況なだけに、すんなりと『そうですね』という単語は出てこなかった。好きだー、とか、愛してるよー、とか、そんな言葉は貰ってはいたけど、それはあくまでベッドの上でだったし、実際に付き合ってくださいと言ったことも言われたこともない。
「…いつ私たちが付き合うことになったんですか?」
「え、あそこまでしといて今さら引き返そうとするの?」
「ぐ…」
何なんだ。何を意図してるのかわからない。仕方なく付き合うのか、それとも好意を持ってくれてるのか…。
「脅しですか」
「別にそうじゃないけどさ」
そう言って私の頭を撫でた。
O型女子が頭を撫でられるのに弱いというのはごもっともで、嬉しいというか、恥ずかしいというか、甘えたくなるというか…とにかく撫でられるのにはホントに弱い。
「あのさ…俺と付き合って欲しいんだ」
彼は少し息を吐いた後、こう言った。頭に触れている手が少し震えている気がする。
「今度はちゃんと、結婚を前提に付き合って欲しい。俺にはもう…お前しかいないんだ」
そうだ。きっと私は、何年も前からこの言葉が欲しかったんだ。嬉しくて嬉しくて、彼の胸に飛び込むようにして彼をぎゅっと抱き締めた。
「私は…今まで自分の気持ちに嘘をついてきました。ホントはずっと一緒に居たかったのに、傍にいちゃいけないって逃げてました」
今まで何も言えなかった事が嘘のようにぽろぽろと出て来る。
「怖かったから…こんなに好きでいてくれる人から『もう好きじゃない』って言われるのが怖かったから、ずっと逃げてたんです。でも…私はずっと新一さんが好きでした。もう他の人となんて一緒になれません」
ふと顔を上げると、彼が何か考えてるような顔をしていた。昔からだいたいこんな顔してるときは話を聞いてない。
「ちょっと」
彼の腕を軽く叩くと、彼がはっとしてこっちを向いた。
「聞いてます?」
「ごめんごめん」
「もぉー…いいです」
あんなに勇気を出して自分の想いを伝えたのに、全然聞いてないなんて最悪だ。一人で乙女みたいになってた自分が恥ずかしい。
彼は悪びれる様子もなく、笑いながら私の頭をぽんぽんと叩いた。
「そんなに怒んなくても良いじゃん」
「もう二度と言いません」
「何でよ」
「…恥ずかしいから」
もう一度、彼の手が私の頭を撫でた。何だか素直に言うことを聞いてしまいそうになる。
「それは…自惚れていいの?」
彼の言葉に正直に頷いた。彼には言葉が届いてなくても、気持ちはしっかり届いているみたいだ。