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彼に寄り添って頭を撫でられている。別にヨリを戻したわけでもないのに、何故か満たされている自分がいる。
絡められている手からの温もりが胸をいっぱいにした。顔を合わせているわけでも言葉を交わしているわけでもないのに、私は今確実に幸せを感じている。
彼氏でもない男に抱かれてこんな気持ちになるなんて、自分はどれだけ軽いんだろうと心の奥底では感じていても、それさえも覆ってしまう何かがある。
…もしこれが谷原さんだったら、私は同じように思うのかな…?
彼の腕の中にいるというのに、頭の中はどんどん谷原さんのことが広がっていった。
それと同時に広がる罪悪感。私は谷原さんを裏切ったんじゃないだろうか?
考えるのが苦しくなって目を閉じたその時、彼がいきなりがばっと起き上がった。
「やっべ!」
「どうしたんですか?」
私も彼に遅れて身を起こした。彼は頭をがしがしと掻いている。
「仕事のこと忘れてた!やべー…校長に怒られるわ…」
ちょって前流れで谷原さん家に泊まったときの私の反応と一緒。それについ笑ってしまう。
「昨日のうちに池田さんに連絡しました。熱が高かったから今日はもう仕事は無理だろうって…元気になっちゃってますけどね」
彼は脱力してベッドに横になり、手で目元を隠した。
「焦ったー…」
横で笑っていると、彼が私の手を引いて私を彼の上に寝かせた。私の肩を彼の大きな手が包む。
「二人の時間を取るために電話してくれたの?」
「違いますよ」
「なんだ、残念」
「ていうか、もともとそうするように言ったのは谷原さんですよ?」
谷原さんの家に泊まったときに同じ事があったから、とは口が裂けても言えない。
そんなこと知らない彼はへー、と呟いた。
「そりゃ谷原さんに感謝しなきゃだな」
「ですよ。メールでもしときましょうか」
手を伸ばして携帯を取ろうとしたときに、不意に谷原さんの声が思い出される。
『モーニングコールお願いね』
しまった…!
気付いたら寝てしまっていたので、谷原さんが起きないといけない時間なんてとうの昔に過ぎている。
しかも12時を過ぎていても谷原さんはたぶんまだ休憩には入らない。リーダーとして働いている時は大体2時から3時くらいに休憩を取っている。今日は単独稼働じゃなくてイベント展開で、しかもリーダーだった気が…。
「どうしたの?」
「どうしよう…谷原さんにモーニングコールし忘れた…」
「もう昼だし大丈夫じゃない?」
「そうですけど…謝らないと」
「良いよそんなの」
良くない、と突っ込もうとしたのも束の間、彼が私を横にさせ、両手を握って覆いかぶさった。
「今は俺だけを見て…」
自然と唇が近づき、そして触れる。今はもう彼しか見えない…。