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懐かしい、この感じ。5年前はいっつもこんなことしてたっけ。
そんなことを思いながら彼女の髪をそっと撫でた。
最初は意地でも手を離さなかった俺だが、やっぱり彼女が体の芯から冷えてしまうのは耐えれなくて、彼女を抱えあげてベッドへ寝かせた。そして、もう一度彼女の手を握った。
下心があるといわれてしまえばそれで終わりだが、とりあえず彼女の横に寝そべって身体を抱き寄せた。今だからこそ彼女のぬくもりを感じるが、布団に入れたばっかりの時はあまりの冷たさにびっくりし、彼女が寝ているのにもかかわらず強く抱き締めてしまった。
今自分の腕の中にいる女性。目の前に広がる温かな匂い。
これこそ俺がずっと手にしたいと思っていたものだ。
彼女の額に軽く口付けをした。
それから二時間ほど過ぎただろうか、朝9時を過ぎた頃腕の中の小動物がもそもそと動き出した。
「ぅ…ん…」
寒さのせいなのか、疲労感のせいなのか、眉間に少ししわを寄せただけで彼女はなかなか起きない。あの頃と変わらない様子に目を細め、彼女をそっと抱き締めた。
そして、彼女がうっすらと目を開けてから閉じようとしたその時、これでもかと言わんばかりに目を大きく見開いた。
「おはよ」
彼女は左手を軽く握って口元にあて、目をぱちぱちさせたまま何も喋らない。そんな彼女の額にこつんと俺の頭をくっつける。
「おはよ」
「…おはよう…ございます…」
少し強ばっている彼女の身体。それに気付いた俺は少し距離を離した。
「別にそんなに身構えなくても良いじゃん。手出すわけじゃないんだし」
「そうかもしれないですけど…」
「何、いつ以来なの?男と寝るの」
つくづく自分は嫌な奴だと思う。『もしかして』と考えただけでも嫌な気分になり、それが谷原ならなおさら嫌悪感が強くなる。
だからといって彼女にこんなこと言って良いわけがないのに。
だが彼女はそんなこと気にする様子もなく、顔を真っ赤にしていつものごとく猛反論してきた。
「っ!関係ないでしょそんなの!」
「関係あるし。もしかして薫…」
今一番知りたくて、今一番知りたくない事。一夜の過ちだとしても、谷原に抱かれたことがあるのか?
でも彼女から返ってきた言葉はまったく予想外のものだった。
「どっ、どうせ新一さん以外と寝たことなんてないですよ!」
自分の右腕を枕にしたまま、彼女の仕草と同じように目をぱちぱちさせる。というかまず瞬きも出来ているだろうか?目が点とはまさにこのことな気がする。
「ごめんなさいね、淋しい女で!」
別にそんなこと聞いたんじゃないのに…彼女は指を絡めていた手を振りほどき、拗ねたように寝返りを打った。
彼女の仕草についふっと笑ってしまう。
あれだけ男に背中を見せるなよって教えてやったのに…。
「ひゃあっ!」
彼女が普段より高い声をあげた。彼女の手は腰に回した俺の両腕に添えられている。
「…誘ってんの?」
「ち、が…!」
「違うの?そりゃ残念だ」
そう言って彼女の髪をくしゃくしゃ、とした。彼女は相変わらずむあー、と言って手櫛で髪を整える。
今、この機会を逃してしまえばもう彼女とは結ばれない。そんな気さえして少し焦りを覚えた朝…。