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あったかい。昔感じたことのあるぬくもりに包まれている。
そうだ、あれは彼女がいつも俺を包んでくれてたぬくもり。彼女のぬくもりに包まれていた俺は、間違いなく幸せだった。
俺は確か、彼女の部屋の前から動かなかった。彼女を弄んで満足気に出てくる谷原をぶん殴るまでは動かないと決意して、それからの記憶がない。
なのに何であったかいんだろう?俺はもしかして死んだのか?何だかふわふわする…。
「あ、目覚めました…ね」
ふと目を見開くと、枕元で俺を見守ってたのは何故か一番見たくもない谷原だった。
とりあえず飛び起きると、そこは見覚えのある暖色系の部屋…そう、どう見ても彼女の部屋。俺はそのベッドに横たわっていた。
意味がわからない。とりあえず部屋から出てきたら俺が不覚にも眠ってて、凍死しないように部屋に入れてやったってところか。
力一杯谷原を睨み付けると、それに気付いた谷原が軽く息を吐いた。
「俺に感謝してくださいよ?香西が一緒にいたものの、あなたを運んだのはほぼ俺一人なんですから」
「そんなの頼んだ覚えはない」
谷原はやれやれ、とため息を吐き立ち上がった。
「薫ちゃん、内村さん目覚めたよ」
谷原が向いた先の台所から、えー?と声が聞こえてくる。ぱたぱたと部屋にやってきた彼女は髪を束ね、青いチェックのエプロンをしていた。谷原と並んで話してる様子が新婚さんの様子にしか見えてこず、余計にムカムカする。
そんなこと知るはずもない彼女が枕元にやって来て、床にすとんと座った。
「寒くないですか?」
「いや、別に…」
そっぽ向こうとした俺の額を彼女の手がとらえた。か弱く、冷たい手。守ってあげたい、温めてあげたいという気持ちが広がるが、俺の残った体力と谷原の目がそれを許さない。
彼女はそっと微笑んで手を離した。
「熱、だいぶ引きましたね」
「あ、ぁ…うん…」
「もう、びっくりしたんですよ。家に帰って来たら新一さんがドアの横で熱出して倒れてたんですもん」
ね、と彼女が谷原に話し掛けた。谷原は彼女の横にあぐらをかいて座り、俺の目をじっと見た。
「見た目以上に非力なくせに、あなたを一人で運ぼうとしたんですよ」
そう言って彼女の肩を谷原がぽんぽんと叩いた。
「だって…でも入り口にいたのが不幸中の幸いで、すぐ部屋で暖を取れたから良かった」
何だか話が見えない。部屋から出てきた谷原が仕方なく俺を運んだんじゃないのか?
「あのさ…」
谷原の方を向いていた彼女がん?と言って俺の方を見た。
「電話した時ってどこにいたの?」
「ああ、谷原さんのお家に。飼い犬のマーフィーに襲われて大変だったんですよ」
マー…。
つまりアレだ、全部俺の被害妄想。あの声は犬のせいで出されたものだったようだ。
「ごめんなさいねぇ、マーフィー一応メスだから許してあげて」
「メスなのにマーフィー…?」
「母がそれだけエディ・マーフィーが好きってことなんだよ」
はぁ、と彼女が納得したようなしてないような声を出した。俺も同じくなんだそれ、としか思えない。
目に見える三角関係がここに揃ったはずなのに、何故だか穏やかな空気が流れ、それに心地よささえ感じている俺がいる。