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結局、何だかんだで谷原さんのお家にお邪魔することになった。今日はご両親がいらっしゃるらしいんだけど、谷原さんの恋人だと勘違いされたらどうしよう…。
「さあ、上がって」
「お邪魔します」
リビングに入ると、私を真っ先に出迎えてくれたのは犬だった。
大きなゴールデンレトリバー。綺麗な毛並みは大切に育ててる証だろう。
「わー、可愛い」
「マーフィーって言うんだ。母がエディ・マーフィーが好きで」
「へー…よしよし」
マーフィーが尻尾をふりながら大人しく座った。いいこいいこ、と撫でていると谷原さんが私の肩を抱いて屈んだ。
「マーフィーがこんなに初めて見る人に懐いてるの、初めて見た」
「あ、そうなんですか?」
油断して谷原さんの顔を見た瞬間、マーフィーがすごい勢いで襲ってきた。
「ちょ…重っ!」
「すごい懐いちゃいましたねぇ」
「や、谷原さん助けて…!」
その時、カバンから再びバイブの音が聞こえてきた。ぱたぱたと床を叩くが、そんなことをしても携帯が手元に届くはずがないので、谷原さんが笑いながら携帯を手渡してくれた。
「…っ、もしもし!」
『な、何?どうしたの?』
名前を確認しないまま電話を取ったが、声ですぐに彼だとわかる。
「いえ、何でも…それよりどうしたんですか?」
その時、マーフィーに頬を舐められた。動物は好きなんだけど、状況が状況だけに今はご遠慮願いたい感じ。谷原さんは楽しそうに眺めてるだけで助けてくれなくて…もう!
そんなことを全く知らない彼は、少しためらいがちに言葉を続けた。
『いやさ、メール見た?』
「…メール…?」
記憶を辿らなくてもわかる、彼がM気質を出したメールだ。そんなことないんだろうとは思うけど。
「あぁ、見ましたよ」
『あ、そう?』
「…で、そのメールがどうかしたんですか?」
状況が状況だから急じゃなければ後が良い。そう思ってることは彼も、マーフィーも知らない。
『あ、えっと…近々…会えないかな?都合は薫に合わせるから』
「近々…だと…」
後にしてほしいと思ったくせにその場で考えてしまう。
「月曜、が…っ!や…!」
空いてますよー、と続けようとした瞬間、マーフィーが首筋を舐めた。思わず変な声が出てしまって恥ずかしくなる。
谷原さんが苦笑しながら携帯を取り上げ、何を思ったのか画面を確認して電話に出た。
「ご無沙汰ですね…野暮なこと聞かないでくださいよ、ただ戯れてるだけです。内村さんもいらっしゃいますか?」
やっとの思いでマーフィーをどけた私と目が合った瞬間、切られちゃった、と言って携帯を手渡してくれた。
「何で俺と内村さんが知り合いなのか知りたい?」
谷原さんは私の中で生まれた疑問に気付いていた。