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バイブが鳴っている。メールだと思って携帯を取ろうとした手が、谷原さんに遮られる。
そして今、谷原さんに深い深い口づけをされている。
まだ付き合ってないのに、ここは車の中なのに、同僚が見ているかもしれないのに、そんなことお構いなしに強く抱き締められ、抵抗するにはあまりにも無力すぎた。
「ふ…」
谷原さんが離れた瞬間、不意に声が漏れた。あまりの恥ずかしさに右手で口を覆い、助手席側の窓の方に体を向けた。
すると谷原さんが後ろからぎゅっと抱き締めてきた。自分の中で熱が上がってくるのがすごくわかる。
「…惜しいですけど、続きはまた家で…」
耳元で囁いたあと谷原さんは私から離れ、何事もなかったかのように車を発車させた。
私は手の甲を頬にぺたぺたくっつけながら熱を冷まそうとしてみた。谷原さんがちらっと私の方を見て、何かを慈しむかのようなやわらかい笑みを浮かべた。でも私は、恥ずかしすぎてそれを直視することは出来ない。
それをはぐらかすためにさっきの受信メールを開いた。そこにあるメールに思わず眉をひそめてしまう。差出人が『内村新一』と書いてある。
『昨日は電話してくれてありがとう。色々話が出来て嬉しかったよ
また近いうちに逢いたい』
…確か私は理不尽にバカとしか言ってない。それなのに嬉しかったなんて、実は彼にはM気質でもあったんだろうか。
とかそんなことより、今は胸のドキドキが止まらない。別に誰かと付き合ってるわけじゃないのに、浮気がばれそうになった時のような心境…いや、したことないからわからないけど、とにかくそんな感じで心拍数が上がる。
それを何故か冷静に考える自分もいて、すごく滑稽な感じがする。
恋人はどっちで、浮気相手はどっちに当てはまるんだろう?
でも現実問題、それについて直面しているわけで。浮気相手なんて作る気はさらさらないけど、そうじゃなくて私は二人のうち一人を選ばなきゃいけない。
そもそも二人はホントに私が好きなんだろうか?谷原さんなんか特に…罰ゲームとかじゃないよ…ね?
私があれこれ考えてるのを知らないはずの谷原さんがくすっと笑った。
「どうしたの?」
「へ?」
あぐらをかいたような体勢という、あまりお行儀のよろしくない座り方をしている谷原さんが、私の頭をよしよしと撫でた。
「さっきからいろんな顔してるから。顔赤くしたり、眉間にしわ寄せたり、何か考え込んだり」
「そ、そんなにわかりやすかったですか…?」
「うん。で、もちろん俺のことも入ってるんでしょ?色々考えてる中に」
大人しく首を縦に振ったが、どういうことを考えてたかは言わない。
…いや、言えない。