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従業員入り口前に立って谷原さんを待つ。最近はめっきり寒くなって、手袋を持ってない私はロングコートのポケットに手を突っ込まずにはいられなかった。
そしてさっきから、同僚の覗き見が気になる。気にしないつもりでも、気になって気になって仕方がない。
前ちらっと岩本さんに言われた言葉が不意に思い出される。
『本人は気付いてないみたいだけど、谷原ちゃんすごいモテてるんだよ。隠れが多いってもっぱらの噂だから、取られないように頑張って』
取られる?誰に?
そもそも谷原さんは私のものではなく、私も谷原さんのものではない。
でも谷原さんは今までにないような強い瞳を持って言った。
『仕事で培ったセールストークで口説き落としてみせます』
同僚があれだけ憧れに近い眼差しを向けている谷原さんからこんなことを言われてるなんて、みんなが知ったら嫉妬心で殺されそうだ。
あれこれ考えているうちに一台の車が目の前に停まる。そこから下りてくるのは見なくてもわかる、谷原さんだ。
そしてその瞬間、同僚から黄色い声が飛ぶのも聞こえた。
何故だか困ったように眉間にしわが寄ってしまう。
「ん、どうしたの?」
すごく心配そうに顔を覗き込んでくる。谷原さんの子犬のような目にはいまだに慣れない。
「いえ、なんでもないです」
「ホントに?」
なら良いんだけど、と言ってつけていたマフラーを私の首に巻き付けた。顔を上げると谷原さんがにっこり笑ってみせた。
そして、その時々に聞こえる小さな悲鳴。いい加減耐えられなくなって、つい谷原さんの手を引いて車へ向かおうとする。
「早く行きましょう」
「あぁ…うん」
あえて従業員入り口を振り返らずに谷原さんの車に乗った。無言でシートベルトを着けようとする私の手を谷原さんがそっと握った。
「どうしたの?何かあった?」
「いや、別に…なんか、同僚が谷原さんの話聞いたり、さっきみたいに姿見たりしたらキャーキャー言うから…なんか…」
どんどんうつむいていく私を見て、ふっと笑った谷原さんは私の額を胸元に寄せた。心地良い心臓の音が耳に残る。
「それって…嫉妬?」
耳元でそっと囁いた谷原さんの言葉にかあっと顔が熱くなる。
「いや、そういうつもりじゃ…!」
谷原さんの腕から解放されようとしても、さらに強く抱き締められて逃げることが出来ない。
嫉妬?私が?
やっぱり私は…。
「…香西さんなら…嫉妬も大歓迎ですよ」
ゆっくりと、谷原さんの顔が近づいてくる。
その時、ポケットに入れた携帯が突然震えだした。