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少しため息を吐いてマグカップを置く。
「だからね、まあ確かにありがたい行為ではあるかもしれないけど、さすがに突拍子なさすぎるだろ?」
「だってお互いが先に進めるのに進もうとしないじゃないですか」
池田ちゃんはコーヒーを飲みながらあっさりと言ってのけた。
確かに結果的に気まずくなっていた彼女から電話があり、流れで雑談まで出来た。とはいえ、いきなり突撃職場訪問なんかして飲みに連れていくなんて、実際彼女に迷惑がかからなかったはずがない。
たまたま休みが重なった7時限目に池田ちゃんに昨日のことを話した。すると池田ちゃんは「あら、ばれちゃいましたかー」と別に普通に返してきた。
「っていうか香西さん普通に電話したんですね」
「なんで?」
「いやだって、そんな気まずい雰囲気になった後ってなかなか電話とか出来ないじゃないですか」
「まあねー…」
「それ考えたら結果オーライでしょう」
池田ちゃんが再びコーヒーを口にした。俺は肘を突いて頭を抱えている。
「で、何か掴みはあったんですか?」
「何も…」
「なーにやってるんですか」
軽く肘で突かれた。腕をさすりながら少しすねる。
「そんなこと言われても…ねぇ」
「私の頑張り無駄にしないでくださいよ?」
そう言いながら池田ちゃんは俺の携帯を手に取った。何だか嫌な予感がする。
「ちょ…っ!何やってんだよ!」
「んー…」
俺の手から飄々と抜け出し、しばらくぽちぽち打った後、俺に携帯を渡した。
そこに表示されていたのは送信ボックスの中のメール。宛先は『香西薫』だった。
『昨日は電話してくれてありがとう。色々話が出来て嬉しかったよ
また近いうちに逢いたい』
思わず携帯を落としそうになった。
「おま…!なんて事してくれたんだよ!」
池田ちゃんは怖いくらいの笑顔を向け、バッサリと言った。
「もう逃げられないでしょ?絶対に香西さんと結婚までいってくださいね」
引くに引けないこの状況に、ひたすら頭を悩ませるしか手はなかった。