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何だかあの日から時間が経つのが遅く感じ、週に二回あるはずの休みまでが長く感じた。
今日は休暇なので、息抜きがてらドライブに行くことにした。とりあえず周辺をドライブしてから県外の絶景スポットでも行ってみようと思う。
…おっさん一人で行くなんて淋しすぎるが、まあそこは目をつぶっておこう。
都市高に乗る前に街中を走る。昼前とあって人通りや車が多い。
ちょうど赤信号になったので停車すると、横断歩道にはたくさんの人が溜まっていた。
そして、歩行者信号が青に変わったとき、見覚えのある男が目の前を通り過ぎた。
180はあるだろう長身、清潔感のある短い黒髪、悠々とした立ち振舞い。
…間違えるはずがない、谷原だった。
カジュアルでもフォーマルでもない格好をした谷原は仕事の休憩から戻って来たのか、ビルの方へと向かっていた。ビルの入り口には色んな会社の名前が並んだ看板みたいなのが立っているが、谷原が勤めてるのは多分「株式会社 ソレイユ」というやつだろう。いや、案外住友生命とかの大企業かもしれない…。
それはともかくとして、なんか腑に落ちない。
奴が人望ありそうなのは何となくわかるし、人から好かれやすい性格っぽいし、何だか同性から見ても結構良い男だと思う。それだけならまだしも、彼女まで谷原の元に行ってしまったら…。
そんな考えを振り切るかのように信号が変わった瞬間にアクセルを踏んだが、意識すればするほどそれは拭い去れなかった。
あいつは仕事が終わったら彼女に会いに行くんだろうか。
あいつはこの時間も彼女とメールしたりしてるんだろうか。
あいつはもう彼女に自分の気持ちを伝えたんだろうか。
あいつは…。
「あーもう!」
頭をガシガシと掻いて無理矢理考えるのをやめた。ダメだ、こんなんじゃダメだ。
気の紛らわしに車に置いてあったCDを適当に取って流した。
俺に落ち着けと言わんばかりに流れたのはバイオリンの音色で、それがなおさら俺の気持ちを駆り立てた。
戦場のメリークリスマス…これは紛れもない、彼女がくれた部活の演奏会のCDにある曲だった。
『へー、結構曲多いね』
『ちゃんと私も弾いてるんですよ』
『あ!戦場のメリークリスマス入ってる!俺これ好きなんだよね』
『ちょっと、聞いてます?』
『聞いてる聞いてる!はー、ウケるー…そんなに怒んなくても良いじゃん』
あれはまだ彼女がまだ教習生だった頃のやりとりだ。
もう何年も前の光景が目の前に広がり、幸せな気持ちにも辛い気持ちにもなった。
きっと、いや確実に、俺には彼女しかいない。
心では決心を、頭では計画を描きながらアクセルをさらに踏んだ。