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玄関を通るときも、エレベーターに乗っているときも、特別会話はなかった。別に嫌な雰囲気ではなかったけど、それにしても何だかもどかしい。




もともと部屋を掃除しようとしたのは彼に綺麗な部屋を見せたいせいもあるが、それよりも大きな理由があるとすれば谷原さんが近日ここにやって来るから。昔付き合ってた彼なら失礼な話、部屋が汚くても構わないと思っている。






ドアを開けると、掃除をした甲斐もあって彼の口から感嘆のため息が漏れた。


「はー…綺麗だね」


「ありがとうございます。でも狭いでしょう?」


先に部屋にあがって座椅子を準備する。座ってくださいと言わんばかりにぽすぽす叩くと、それに気付いた彼は靴を脱いでご丁寧に並べた。


「おじゃまします」


私は彼と入れ違いで部屋を出て、キッチンでマグカップ2つを用意した。


「ミルクティーで良いですか?」


「あ、ありがとう」




お湯が沸くのを待ちながらひたすら考える。

受け身じゃダメなのは十分わかっている。でもこんなにも会話がないと、彼をここに呼んだのは迷惑だったんじゃないだろうかと思ってしまう。



ようやくお湯が沸騰し、熱くもぬるくもないちょうどいい温度のミルクティーが出来た。


「美味しいですよ」


彼はコップを受け取って一口口にすると、ほっとしたような顔をした。


「ん…美味い」


良かった、と呟いて私もミルクティーを飲んだ。自然と笑みが零れてくるこの感じは、谷原さんといるときとは比にならないほど大きい。






「ちなみに今日の飯は?」



あれからしばらく他愛ない話が続き、台所に再び向かった私に彼が話し掛けてきた。



「あ、鍋ですよ」


そういってついさっきまで温めていた鍋を部屋に持って行く。土鍋なので何となく温かみを感じた。


「鍋だとたくさん野菜も取れるし良いでしょう?」


「そうだね。いただきます」


彼が鶏団子を口にした。何を言われるのかが不安で、ドキドキしながら彼を見つめた。



「美味っ!久しぶりに良いもの食った気がする」


「大袈裟ですよ」


嬉しい反面オーバーでしょ、と言いたくなるリアクションについ苦笑いしてしまう。

彼は鍋をつつきながらも私の方を見た。


「お世辞じゃないし。何、そんなに俺の言葉は信憑性ないわけ?」


「そうじゃないですけど…」


「じゃあ素直に喜んどきな」





何も変わってない。彼の私に対する態度も、気遣いも、笑顔も。5年前は幸せだったはずのそれらが、今となっては辛いものでしかない。



「…そうします」


私がじっと見ていたのを気付いた彼は、少し曇った顔で尋ねた。


「なに…?」


「ううん、何でもないです…全然変わってないなって」




あの時、彼に縋ってでも一緒にいれば良かった。そうすれば今の状況は違っていたはずなのに。



「薫だって…全然変わってない」


「そうですかね…」



何がだろう。何を意味しているんだろう。


全然変わってないなら、と無駄に淡い期待を持ってしまう。でもどうせ、と思ってしまう自分もいて、頭の中はぐちゃぐちゃになった。




彼はそんな私をじっと見つめたまま箸を置いて、ゆっくりと口を開けた。


「あのさ、言いたかったことがあるんだけど」


目を反らせなくてじっと見つめ返した。内心心臓が口から出て来そうなくらいの緊張感に襲われていた。



「ごめん、昔いきなり連絡取らなくなったこと…結婚も考えてたのに周りから反対されまくって不安だったんだ」



5年前の謝罪。

もしかしたら、今なら気持ちが届くかもしれないという期待が膨らむ。




それと同時に募る憎悪に似た感情。

どうして5年経ったのに、今更そんなことを言うのか。



ドウセマタ、ワタシハステラレルダケナノニ…。




「でも俺は…」


「言い訳なんて聞きたくない!」


とっさに彼の言葉を遮った。耳を塞いで俯く。




彼の方から軽い咳払いが聞こえた。それでも涙が止まらなくなった私は顔を上げることが出来ない。


「…また出直してくるよ。何思われたって仕方ないと思ってる…でも俺は、まだお前が好きなんだ」



真意が謎のまま、彼は自分の家へと帰った。


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