-169-
部屋のドアが開いた瞬間、ふんわりとした優しい匂いに包まれた。
女性らしさの出ている部屋。オレンジと白を基調としていて、すごくきれいに整頓されている。
「はー…綺麗だね」
「ありがとうございます。でも狭いでしょう?」
そう彼女は言うが、多分9畳くらいはあるだろう。ないのだとしても、片付け方のおかげで広々として見える。
「おじゃまします」
いまさらそう言って、彼女が準備してくれた座椅子に座った。彼女は台所へと向かう。
「ミルクティーで良いですか?」
「あ、ありがとう」
いいえ、と台所から声がした。もう秋になって肌寒いからと、温かいものを準備してくれているのだろう。
そして、会話が全くなかったまま過ぎた数分後、目の前には予想通りほんのり暖まるくらいの温度のミルクティーが置かれた。
「美味しいですよ」
「ん…美味い」
向かい合って座り、微笑み合っている。その光景が何とも言えず幸せで、心まで温かくなっていく。
そしてその数分後、二人の間に鍋が置かれた。最近は朝夜20℃を切ることが多く、正直布団から出にくくなりつつある。そんな時期の鍋は大好きだ。
「鍋だとたくさん野菜も取れるし良いでしょう?」
「そうだね。いただきます」
決して手抜きではないと分かるのは、ふわふわに作られた鶏団子や、栄養バランスを考えて数種類の野菜が入っているから。
「美味っ!久しぶりに良いもの食った気がする」
「大袈裟ですよ」
彼女が苦笑している。俺は別にお世辞を言ったつもりは全くない。
ひたすら鍋をつつきながら言った。
「お世辞じゃないし。何、そんなに俺の言葉は信憑性ないわけ?」
「そうじゃないですけど…」
「じゃあ素直に喜んどきな」
「そうします」
ちらっと彼女を見ると、箸をくわえたままじっと俺を見ていた。何故だかどきっとするものがあり、次に来ると予想される言動に期待してしまう。
「…なに…?」
「ううん、何でもないです」
そう言うと伏し目がちに箸を手元に置いた。
「全然変わってないなって」
少し彼女が悲しそうに微笑んだ。
今すぐに抱き締めたい。でもそれは彼女にとって迷惑になるかもしれないと理性が止める。
「薫だって…全然変わってない」
「そうですかね…」
何故だか彼女がぽつりと言ったことが胸に重くのしかかる。
やっぱり彼女の気持ちはもう谷原の方に向かったのだろうか…。
「あのさ、言いたかったことがあるんだけど」
彼女はぱっと顔を上げ、小動物のような目を丸くして俺を見た。心拍数が上がるのがわかる。
謝るんだ、5年前のことを。
「ごめん、昔いきなり連絡取らなくなったこと…結婚も考えてたのに周りから反対されまくって不安だったんだ。でも俺は…」
その瞬間、彼女が強く机を叩き、涙を浮かべた目で俺を睨んだ。
「言い訳なんて聞きたくない!」
彼女に付けた傷は想像以上に深い。
俺がこの5年間、彼女を忘れたことがなかったのは揺るぎない事実。
でもそれはまた、とてもとても都合の良い事実…。
「…また出直してくるよ。何思われたって仕方ないと思ってる…でも俺は、まだお前が好きなんだ」
そう言って俺は部屋を立ち去った。